ねじまき士クロニクル

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言語学者が語る漢字文明論

日本はこれからもずっと、国会で総理大臣に漢字の読み方をテストしたり、四字熟語の意味をたずねて国語の試験をやって時間つぶしをしてもらうために、議員に高額な手当てを払って養いつづけるだろう。国会の中で漢語テストをやりあう、何という教養の高い文化国家だろう。ニッポン語バンザイ!

 

なかなか面白い本です。

言語学者が語る漢字文明論」とタイトルにあれば、誰もが漢字の優位性などを述べると思いますが違います。この言語学者は漢字が大嫌いなようです。日本語、主に漢字を捨てれば日本はもっと発展できるということです。本文で示されるいくつかの概念は初耳でした。漢字は方言を隠す。漢字は言葉ではなく概念。中国でも漢字に苦しんでいる。漢字を捨てた朝鮮は英断。漢字のせいで太平洋戦争が起きた。

 共感できない部分もありましたが、何気なく使っている日本語ついて新しい発見もありました。

 

私は本質において、「漢字は日中共通の敵」だと思っている。いな、魯迅の口ぶりを今ふうになぞって、いっそ人類の敵だと言うべきなのだが、いまや漢字を使っているのは日中台だけになってしまったから、ここで「人類」を持ち出すのは大げさすぎる。それはもはや敵にはなり得ない、敵以前の問題なのだ。やめてしまえばもはや敵ではないけれども、簡単にやめられないから敵なのだ。そのことは、「漢字が滅びなければ、中国が必ず滅びる」と言った魯迅の心境である。だからこそ、漢字の原理は大いに研究されなければならない。

 

 国会やテレビのクイズ番組で知的水準を測るために漢字テストをするのは論外ですが、今思えば著者の指摘のように、漢字自体が学問のようになってしまっていたのかもしれません。漢字ドリルをせっせとしていた小学生の頃が懐かしいです。学校でも学習水準を測る物差しとして漢字が使われています。書き順を覚えさせられた気がします。ここは何画目…ここは止め…ここははね…うったて…

 

 

 

漢字による外国人の就労機会の制限

 

日本語の習得がむつかしければ、ほんとうは日本人に劣らぬ能力や専門知識があるのに、日本語は、それができないという一点をもって、外国人をチャンスから閉めだす、都合のいい道具になっている。こうしておけば無能な日本人でも、このめんどうな日本語によって守ってもらえる、ありがたい道具なのである。

 

そうして日本の病院、医療界は、せっかく日本での医療活動に参加したいという、健気であっぱれな、フィリピンやインドネシアからの娘さんたちの前に高い高い漢字の壁を築いて追い払っているのである。こういう国に未来はないであろう。日本の国の未来はほかでもない日本語の発展にかかっているからである。その日本語の手足をしばり、ずっしりと重いよろいをかぶせて身動きできなくさせているのはじつは漢字であることに気づいていい時代がやっと訪れているのである。

  

 漢字が日本の発展を阻害している具体例として何度か、途上国の医療関係者が語学の関係で日本で仕事に就けないと嘆いています。ここの部分にはまったく共感できませんでした。著者は1934年生まれ、よっぽど日本の医療関係者に恨みがあるのか、もしくは東南アジアの娘さんたちの看護を受けたいのかもしれません。

 医療の無駄な漢字として産褥、分娩、小児、耳鼻咽喉科などを例に挙げていますが、病気などは専門用語になるのも仕方ない気もします。

 産褥という言葉に関して…過去に多くの産科医を死に至らしめた産褥熱という病気がありますが、じょくという文字がわからなくても、産と熱で多くの医療関係者はどんな病気か推測することができるはずです。東南アジア出身の医療関係者でもおそらく。反対に肺炎、結核赤痢なども英語では専門用語です。日本の医療関係者が英語圏で働きたいときは覚えないといけません。

 日本の発展を阻害する例として、人対人のサービス業の言語ではなくて、もっと他の産業の例を挙げた方が良かったはずです。

  

                

朝鮮の挑戦                

                

いっさいの漢字を廃してハングル専用を法律に定めて実行した結果は絶大なものであった。まずこれによって字の読めない人はほとんどいなくなった。まさに、ハングルこそは朝鮮語人をまるごと、世界で最も教養ある民族の一つに押し上げたのである。それまでは漢文という外国語をみずからの出世の武器として利用していた官僚によって、公的言語世界が支配されていたのだから、多くの人が母語による読み書きの生活をもっていなかったのは当然のことである。

 ほとんどすべての人を文字が読めるようにしたハングルの偉大な成果をすっかり忘れてしまい、漢字なしでは過去の文化遺産に手がとどかなくなり、学術用語の大部分を占める漢字の知識がおとろえたために、韓国の学術は衰退したなどと、私と同年代の学者たちは歎く。そしてやはり、日本のように漢字を復活しなければならないというぐあいに。

 それに対して私はこうこたえる。これからは漢字に依存しない、漢字と手を切った、朝鮮語独自の文体を作って行けばいいではないか、もちろん、五〇〇年かかった病気から離れるには五〇〇年はかかる覚悟はしなければならないだろうけれどもと。

 

  漢字を廃止してハングルに舵を切った朝鮮を絶賛しています。500年間使っていなかった言葉を国語にしてこれからどうなるかは、朝鮮半島での言語学の大いなる実験のようなものなのかもしれません。ただ、識字率の向上はハングルのおかげだけではなく、近代化のおかげでもありますが。釜山が釜山であり、ソウルがソウルであるのは歴史があるそうです。漢字と朝鮮の関係も複雑です。

 その漢字の生みの親である中国でも、煩雑な漢字に苦しんでいる様子がうかがえます。漢字で表せられない概念や外国の地名や人名などは大変そうです。アメリカのトランプ大統領はトランプを意訳して「歌留多大統領」「花札大統領」ということにはなりません。発音を考えて「特朗普」となるそうです。外国のことにいちいち漢字を当てはめるのはかなり大変で混乱しそうです。その点日本は平仮名、カタカナがあるのでいざとなったら簡単な文字に逃げることができます。中国に自動車や電化製品と一緒にひらがなとカタカナを輸出してみますか?

 

 

漢字はことばをこえる

 

 著者は自分で書けない漢字を使うのはどうなのか?という姿勢です。一理あります。

 先日、広島県民でも牡蠣と言う漢字が書けるのは500人中3人とのニュースがありました。私ももちろん500人の中の497人です。PCをカチカチすれば勝手に変換されるので牡蠣と書きますが、日常生活で書く必要に迫られたら迷わずカタカナに頼るでしょう。

 このように漢字を使えば正確には書けなくても読めなくても何となく意味が分かってしまいます。利点でも欠点でもあるかもしれません。

それは(漢字)、ことばの基本をこえ、オトをもとびこえて、図(=記号)がそのまま概念に結びつくから、漢字は超文字であり、たびたび繰り返してきたように、それは、ことばを表していない。あえていえば、ことばを必要としない文字なのである。

 一冊通して漢字の脅威を語っていますが、日本語をひらがなカタカナだけにするべきとは書いていません。ちょしゃがかんがえるにほんごとはどんなことばなのかしりたいです。

 

 これは「高卒が語る漢字文明論」ですが、英語以外の選択肢がある、アルファベットではない国があるというのは世界の発展にとってはいいことだと思います。専門家でもないのでそれが本当に世界や日本にとっていいかどうかはわかりませんが。漢字好きにも漢字嫌いにもお勧めです。