ねじまき士クロニクル

日向の窓にあこがれて

吉田所長は英雄なのか?

  震災の時の話をしていると、たまに吉田所長を英雄視している人がいます。命を懸けて日本壊滅を防いだとされているのが要因かもしれませんが、そのたびにちょっと待てよと言いたくなります。出版されているノンフィクションを謳った本の中でも吉田所長を英雄視しているものはあります。

 

死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日

死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日

 

 

 

 この著者の名前はよく覚えていました。光市の事件を扱った著作を何年か前に読んだことがあったからです。公の場で「犯人を自分の手で殺す」と言った青年に同情したことを覚えています。

 そして、福島の原発の本。少し期待して読みましたが、原発を扱ったノンフィクションを謳う本ながら、この本はあまりにも東電寄りです。がっかりしました。大津波が来て大変だった、現場は命を懸けて頑張った。そういうお話です。

 そして『死の淵を見た男 吉田昌郎福島第一原発の五〇〇日』という題名ほどは吉田所長に焦点が当たっていません。福島の原発処理に当たった方たちのオムニバスという感じです。自衛隊や官邸などの話も出てきます。地震が起きて若い作業員の方が地下に点検に行ってそのまま亡くなったのは確かに悲しいです。しかし、原発の外で泣いた一般の人たちもいます。その人たちは出てきません。

 この本は、東電の社員の方が地元の寄り合いに出て事故時の対応を地元の人から感謝されて終わります。そういう本です。当時の菅総理の対応をこき下ろしていながら、東電のトップたちが何をやっていたのかについては触れられていません。そういう本です。

  

 災害当時事故対策に直接当たった吉田所長たちを褒めたたえるために、この本を書いたのかもしれませんが、津波被害の可能性を警告されても対策を取らなかったのも吉田所長を始め東電の重役です。もちろん最前線で対応に当たったのは吉田所長です。ですが元々の責任も東電にあります。福島第一原発から100キロほど北にある『東北電力』の女川原発では事前の対策によって津波の被害を免れています。女川原発福島原発とほぼ同じ時期に設計されて、ほぼ同じ高さの津波が来ました。これをどう考えるべきでしょうか。

 あとがきにて作者は、この災害を防ぐ最後のチャンスは、2001年の9.11と2004年のスマトラ沖地震の2度あった、と述べていますが、そんな大規模なテロや自然災害を引き合いに出す必要はありません。再三にわたって東電に対して外部から津波の警告を行われていました。その指摘についてはあとがきではまったく言及していません。大津波が来る前から、福島の原発は日本の中で最も津波に弱い原発でした。(二番目は中国電力の島根原発)もちろん吉田所長もそれを知っていましたし、外部からの警告を黙殺した1人です。

 

 3.11の4日前ですら東電保安院は非公開の打ち合わせしています。他の確かな本から引用します。

東北地方太平洋地震の四日前、二〇一一年三月七日。東電保安院は非公開の打ち合わせをしていた。東電保安院に示した資料の右上には「取扱注意 お打ち合わせ用」と赤字で囲みの中に印字してある(東京電力株式会社「福島第一・第二原子力発電所津波評価について」二〇一一年三月七日)。

 資料には、貞観地震津波地震二種類、計三種類の想定水位が記されている。

 

貞観地震 九・二メートル

 

地震本部津波地震

1.一八九六年明治三陸沖タイプの場合 一五・七メートル

2.一六七七年房総沖タイプの場合 一三・六メートル

 

どれも福島第一原発の当時の想定 六.・一メートル(二〇〇九年二月に五・七メートルから修正)を大きく上回っていた。 

 

                『原発と大津波 警告を葬った人々』

 

 当然これ以前にも、津波に備える再三チャンスはありました。しかし、『原発と大津波』では、1971年の運転以来40年間で東電津波に対して行ったことは、一部のモーターをかさ上げしたり、水が入りにくくしたことのみ、高さにして数十センチ原発津波に対して強くしたことのみ。という評価を下しています。

 『予算の関係』や『安全神話』で大規模な対策はとれなかったのかもしれませんが、安全な高地に非常用の電源を置くことすらしていませんでした。その結果、現場の作業では車のバッテリーすら使用して対応したようです。非常用の電源さえやられなければ…もうちょっとマシな結果になっていたかもしれません。電力会社は広告に莫大な予算を使いながら、津波地震対策に割くお金はありませんでした。

 

 この本の内容だけで東電や吉田所長を判断するのは危険です。そしてこの人の本だけでこの問題を判断するのも…? 現場の人は違うかもしれませんが、原発を扱っている上流階級の方々は、聖人君子ではありません。モラルのかけらもない人たちです。福島の現場だけを見てみても、この原発の問題の本質はわかりません。原発に関しての『ノンフィクション』はもっといい本があります。

 

原発と大津波 警告を葬った人々 (岩波新書)

原発と大津波 警告を葬った人々 (岩波新書)