ねじまき士クロニクル

日向の窓にあこがれて

谷口ジロー シートン

 谷口ジローを知ったのは『孤独のグルメ』です。中年のおじさんが孤独にご飯を食べるマンガです。今思い出しても、昼から焼き肉が食べたくなります。寿司も食べたいです。新幹線の中で焼売の匂いを充満させるのはダメです。

 その谷口ジローですがシートンの物語も書いています。シートンはどんな人なのか?本の副題には「旅するナチュラリスト」とあります。「シートン動物記」で知られる、博物家、画家、作家です。

 

1巻は1893年 33歳のシートンハイイロオオカミのロボ

2巻は1875年 15歳のシートンとオオヤマネコ

3巻は1882年 22歳のシートンとシカ

4巻は1887年 27歳のシートンとグリズリー

 

 マンガの舞台はいずれも北米が人間の手によって開発されまくっていた時代、動物たちにとっては受難の時代に当たります。ロボの話はシートンの中でもっとも有名かもしれません。

 

 1893年ニューメキシコ州カランポー高原、牛と羊が放牧されていた牧草地帯で家畜が毎晩オオカミに殺されるという被害が発生していました。どうやら一頭のロボというオオカミが辺り一帯のボスの様でした。5年で2000頭という被害のため懸賞金がかけられ、多くのオオカミ漁師がやって来ていました。それでもハイイロオオカミのロボは捕まえられません。

 毒を仕込んだ家畜を置いてみても他の部分だけ食べられ、猟犬を使ってオオカミを追い込もうといても逆に猟犬がオオカミに殺され、鉄の罠を仕掛けてもかからず、いつしか人間の叡智を越えた悪魔が乗り移っている狼と信じられるようになりました。

 シートンはアメリカに渡って、ロボを捕まえようとする前はパリで絵画の勉強をしていました。1891年には「眠れるオオカミ」という絵でパリのサロンに入選、1892年には「オオカミの勝利」というオオカミが人間のしゃれこうべをかじる絵でサロンに落選。そしてこの絵についてパリの画壇のお偉いさんからはこのような言葉をもらいました。

 

魂のない野生動物の犠牲者として魂を持つ人間を描くことは 神ではなく自然が支配者であると主張するに等しい すなわち異端である このようなシートンの主張は絶対に受け入れることはできない。

 

 失意の中、アメリカに渡ったシートン。ニューヨークへの船旅のさなかで、ニューメキシコの牧場を荒らしまわっているオオカミのことを聞き、捕獲に行くことを決意しました。

 他のハンターたちと同様にシートンも毒と罠でロボを捕らえようとします。

 しかし、念入りに人間の臭いを消して作った毒を入れた餌も、ロボたちに集められて、その上に排泄物をかけられる始末。やはり餌では釣れないことをシートンは思い知りました。

 一方、新型の鉄の罠を仕掛けても、避けられるだけではなくオオカミたちに埋めている場所を掘り出される始末。一個だけではなく複数の鉄の罠を仕掛けても、オオカミはそのすべてを作動させるだけさせて人間を挑発します。シートンは人間の知恵をあざ笑うかのようなロボに敬意すら抱きます。

 そんな数々の作戦が失敗に終わり失意に沈むシートンでしたが、オオカミたちが残した足跡から様々なことを推測します。

 シートンは罠を仕掛けていくうちに、群れの中で小さな足跡が他のオオカミの足跡とは違う動きをしているのを見つけます。シートンは「群れの中に統率が取れないオオカミが一頭いるのではないか」と推測して、罠をそのオオカミのために仕込みます。

 一頭の牛を頭と胴体に切断して、胴体の方にはあからさまに罠を仕掛けます。そして本命の罠を頭の方に仕掛けます。オオカミが胴体の方の罠にかかることはありませんでしたが、統率を無視して牛の頭に近づいたオオカミが罠にかかりました。

 罠にかかったのは白いメスのオオカミでした。メスのオオカミはロボの連れ合いでした。翌日からメスのオオカミを探すためにロボは危険を冒して人間たちの住むところへ…いつもの冷静さを欠いたロボはついに…

 

 

マンガ(シートンの動物記も)なので真偽はわかりませんが、ロボに代表される駆逐されていく動物の物語は開拓されていったアメリカの歴史の一部です。

 

1945年にはもはや群をなすハイイロオオカミは見られなくなり

その数年後 北アメリカ48州の灰色オオカミは絶滅した

一巻の終わりにこう書いてあります。日本にももうオオカミはいません。

二巻でリョコウバトを撃って食べている場面もあります。そのリョコウバトも20世紀の初めに絶滅しています。日本では伊坂幸太郎の「オーデュボンの祈り」で有名かもしれません。シートンは1946年に亡くなっています。若いころに存在していた動物たちが、晩年には姿を消している。それに対して何を思ったでしょうか?