ねじまき士クロニクル

日向の窓にあこがれて

ハーレー インチねじ 規格の統一の大切さ

 家のガレージに何台かバイクが埃かぶって眠っています。その中の一台は高いバイクでも珍しいバイクでもない何の変哲もないSR400です。たぶんバイク王に売りに出しても「0円」です。レッドバロンに出しても「0円」です。近所のバイク屋に持って行けば何万円か出してくれるかもしれません。大手とはそういうものです。どちらにしろ売る気はありません。それでも、もしも売ったら「0円」で買われた私のバイクは、何か月か後には「25万」くらいの値札が付けられて売られるはずです。私にはそんな真似はできません。工業製品としてSRを買いましたが、今ではもう思い出がたくさんある自分のバイクです。そこら辺に並べられてある新車は工業製品の一つかもしれませんが、私のバイクは自分にとって工業製品の枠を越えています。もしも、このバイクが盗まれたりしたら…それは窃盗ではなく限りなく誘拐に近い犯罪です。

 他のSRと私のSRを分ける物は「思い出」とか「個人的体験」とかぼんやりしたものですが、もちろん他のSRとも共通の部品が使われています。もしも私が派手にこけてもヤマハからパーツを買えば直すことができます。互換性があるからです。

 ねじ一本だってそうです。ねじをダメにしたり、ねじをなくしても買えば代用が効きます。規格が合えば、ねじ山にそのねじを使うことができます。互換性があるからです。ヤマハからとったねじをホンダに使う。使えます。互換性があるからです。他の外車のメーカーのねじを国産に使う。たぶん使えます。ハーレー以外は。

 自由とインチとマイルの国、アメリカ。そのアメリカのハーレーは頑なにインチねじを使っています。標準化が最も大切と言ってもいい工業の世界で、世界と足並みをそろえるのを拒んでいるかのようです。ねじや工具のサイズを調べるときも見慣れない表記でかなりわかりにくいです。ミリは10進法ですが、インチは10進法ではありません。1ヤード=3フィート=36インチというわかりにくい関係です。グローバリゼーションをどこよりも謳うアメリカ。そこのメーカーが世界の基準に合わせることができていません…このインチねじ1本からでもアメリカの帝国主義を感じることができます。絶対に許せません。

 インチのねじを使うということはねじの頭もインチです。当然それに対応する工具が必要になります。インチの工具は国産車にとっては全く不要です。なめかけたボルトに、合いそうなインチのソケットを叩き込んで使うくらいの使い道しか私は知りません。またハーレー以外にインチのねじを使っているメーカーは皆無なので、もしもハーレーに乗っていて、ちょっとねじが欲しくなっても、一般には純正の部品をオーダーするしか入手方法がありません。「ちょっとそこのホームセンターまで」というのは使えません。

 ねじも規格が統一される以前は、各工場や個人が好き勝手にねじ山の角度を決めていたそうです。そのため、決められた箇所には決められたボルトしか使えませんでした。これは一個人や企業にとっては既得の利益を守るために有効だったそうです。この状況が20世紀に入っても続いていました。ですが、社会のためには規格は必要です。規格が違ったため、思いもよらぬ災害を引き起こしたこともあります。

 

 1904年、アメリカのボルティモアで火事が起きました。当時のボルティモアはレンガ造りの建物が主流だったようですが、レンガ以外の建材に火が移り大火災へと発展しました。ボルティモアの消化活動を応援しようと、フィラデルフィアやワシントン、ニューヨークなど近隣から消防隊と消火器具が続々と到着しました。

 応援も到着したしこれで火も収まるか…とはなりませんでした。他から持ってきたホースがボルティモアの消火栓には合いませんでした。同じアメリカでもねじの規格が違いました。消防隊員がいても消火器具が使えなかったため消火活動が行えませんでした。火は30時間続き70もの区画が消失しました。その後、全米中の消火栓と消火用ホースを調査した結果、600以上もの寸法や形状があることが判明しました。その後20年経った1924年ですら規格に適合している都市は全米で1割以下でした。その後、戦争を経て、互換性の重要さに目覚め、標準化が進むこととなりました

 

 工業製品の規格の統一というものは、とても大切ということがわかります。昔はねじ山の角度55度が主流だったようですが、規格が改められて現在は60度です。60度の方が55度よりも幾何学的に簡単に作図できて、製作も容易なようです。そもそも55度というのは「その時に出回っていたねじ山の平均」からとって作られた規格だったようです。今、頑なにインチねじを使っているハーレーも確固とした理由があるかどうかわかりません。もしかしたらハーレーのインチねじも、そのうちミリねじに代わるかもしれません。

 ただ…ハーレーのオーナーの方には「他と違う」ことを誇りに思っている方が多い印象です。値段や性能だけを比べてしまうと…

 便利にはなるけれど、ハーレーにミリねじを使ったらがっかりするオーナーの方も多いかもしれません。「こんなのはハーレーじゃない」と。インチねじの使用はそれを見越してのハーレーのブランド戦略なのか、世界をインチで支配したいアメリカのメーカーのプライドなのか、整備士に対する嫌がらせなのか…それでもハーレーにはミリねじも所々使われていて、工業製品としての一貫性が欠けています。ハーレーを触る度に国産車の優れている部分がわかります。日本の企業がこのような規格の混在した工業製品を世に出すことはないはず?

 

「標準」と「互換性」の話です。