ねじまき士クロニクル

日向の窓にあこがれて

今村猛の思い出

 2009年の春の甲子園はあまり覚えていません…夏の甲子園の決勝戦の時はたまたま新潟にいました。新潟のレストランに入ると丁度、中京大中京日本文理が決勝戦をしていました。9回の時点でかなりの大差がついていたので、「もう決まったな」と思いながらご飯を食べてぼんやりと甲子園を見ていました。

 そうしたら、あれよとあれよと日本文理に点が入る。そのたびに周りの新潟県民の歓声が上がりました。それでも最後の最後で一歩及ばずゲームセット。中京大中京の優勝でその年の甲子園は幕を閉じたのでした。

 当時のカープファンの楽しみは5月くらいまでのペナントと、個人成績、そして何と言ってもドラフトでした。そしのドラフト会議、カープは今村を1位指名。そして2位で堂林を指名。そしてさらには4位で庄司を指名。

 春と夏の甲子園優勝投手を指名。そして甲子園で活躍した庄司も4位で指名。なんてミー…将来を見据えたドラフトだと思いました。カープにとっては遠い目標になっていた「優勝」、それを甲子園で達成した二人の入団に他の選手の「優勝」への意識が変わるのかも…なんて思っていた記憶があります。

 そして翌年。今村が先発で初登板すると言われていた試合に球場まで見に行きました。当時は当日でも普通にチケットが買えたり、ちょっと前でも寝ソベリアが買えたり、今とはかなりカープを取り巻く環境が違っていました。あの頃の雰囲気をちょっとだけ懐かしく思います。記念すべき初登板は、初回に何でもないフライをファーストのヒューバーが落球。不運が重なりヤクルトの畠山に満塁ホームランを打たれる、という今村のデビュー試合でした。ストレートも走っていなかった印象があります。それでも今村が一球投げるたび、電光掲示板に速度が表示されるたびにファンは一喜一憂していました。なお試合はそのまま見るべきものがなく敗戦。その試合は今村の初登板と満塁弾しか記憶に残っていません。それでも将来のカープを担ってくれるであろう今村を見ることができただけでも満足でした。これは、その時に球場にいたカープファン全員の気持ちだったと思います。

 あれから7年。カープは強くなりました。連覇まであと少し。頑張れ今村猛