ねじまき士クロニクル

日向の窓にあこがれて

朝鮮紀行 イザベラ・バード

 世界では隣の国と仲が良い方が珍しいですが、日本も隣の国とは仲が良くないと言っていいでしょう。竹島日本海呼称問題、慰安婦、在日…きりがありません。

 そんな朝鮮ですが、100年前はどうだったのか…ここは、19世紀末の大英帝国の旅行家、イザベラ・バードに頼りましょう。ネット上ではこの朝鮮紀行の一部を抜き出して『ソウルはとても不潔な街だった』『やっぱり韓国はひどい国だった』とかいう意見も見られます。しかし、一部を抜き出すのは公平ではありません。バードはヴィクトリア朝末期の『大英帝国』の象徴のような人物なので、『大英帝国』以外を見下します。日本に来た時も、温かい言葉をかけながら、一方ではかなりきつい言葉も投げかけています。言うまでもなく、そのことを念頭に置いて読む必要があります。結論から言えば『バードはなんだかんだ朝鮮が気に入っている』というのが私の印象です。最後の章でわざわざ告白してくれています。

わたしが朝鮮に対して最初に抱いた嫌悪の気持ちは、ほとんど愛情に近い関心へと変わってしまった。また今回ほど親密でやさしい友人たちとめぐり合った旅はなく、今回ほど友人たちに対して名残惜しさを覚えた旅はなかった。

  ソウルは本当に見る物がなく、芸術品、古代の遺物、公園、劇場、図書館、文献、寺院、墓すらない。そして、もちろんソウル以外の土地はそれ以上に見る物がないということを冒頭で語っていました。それでも朝鮮を旅する間にその認識は少しずつ変わっていったのかもしれません。バードは何度か朝鮮を訪れていますが『汚いソウル』という認識が、何年か後には『きれいなソウル』に代わっています。そして地方の風景をべた褒めしています。

 朝鮮紀行で繰り返し述べられているのが、朝鮮の官僚の腐敗とトラと反日です。もちろん、キリスト教の布教状況も逐一書いてあります。なお題名は朝鮮紀行ですが、地図を見る限り、中国に行ったり、ウラジオストックに行ったり、長崎に来たりしています。あまり今の『韓国』には行っていません。北朝鮮が主な旅先です。一つずつ見ていきます。

 

 官僚の腐敗

 バードの一般の朝鮮の民衆に対する目は暖かいです。それに比べて両班という特権階級に対する批判はかなり激しいです。最初から最後まで両班の批判です。いくらでも抜き出すことができます。

 朝鮮の災いのもとのひとつにこの両班つまり貴族という特権階級の存在があるからである。

 朝鮮の官僚は大衆の生き血をすする吸血鬼である。~ 任地の住民を搾取の対象としてとらえ、住民の生活向上については考えようとしない。

 日本と土壌がきわめてよく似ているのであるから、しかも朝鮮は気候には日本よりはるかによく恵まれているのであるから、行政さえ優秀で誠実なら、日本を旅したものが目にするような、ゆたかでしあわせな庶民を生みだすことができるであろうにと思う。

公金を横領するための技巧や策略にかけては、朝鮮人はことのほか創意と才能を発揮し、朝鮮の官僚の不正行為ほど根絶しにくいものはない。

 もしも一般市民が少しでも裕福な生活をしていたら、この両班が飛んできて税金として様々なものを取り立てていったそうです。だから住民もわざわざ精を出して働かなかったのだとか…バード曰く、気候も良く土地も肥沃な朝鮮が発展しないのはこの特権階級たちのせいということでした。

 

トラ

 当時の朝鮮ではトラがいました。それも首都のすぐ近くにさえ現れて、人間の子供がさらわれて食べられていたということです。バードが旅行先で家の扉を開けたくても、トラを恐れる宿の人に度々止められています。夜間の移動を現地の人に止められてもいます。トラが住民をさらい続けて無人となった村もあったそうです。人の味を覚えた動物は怖いですね。でもどちらかと言えばヒョウの方がたくさんいたそうです。今ではそのトラもヒョウも絶滅の危機に瀕しています。

 

反日

 ことあるごとに『秀吉』です。とりあえず『秀吉』です。中国やモンゴルには長期間支配されていた時期もありながら、それでもなお筋金入りの「反日」です。当時の朝鮮の民衆でも300年前の恨みを忘れていません。

 バードが旅行した時期は日清戦争の前後で朝鮮には多数の日本人、日本兵がいました。朝鮮の治安の維持に貢献していましたが、やっぱり朝鮮人は日本人のことが大嫌いだったようです。他にも日本が朝鮮の環境改善に力を貸した描写がありますが、感謝されている描写はありません。それでも日本の朝鮮への影響は強く、釜山などの一部の地域では日本円が使用できたそうです。なおソウル近郊や主要都市以外は貨幣経済が発展していなかったようです。

 

キリスト教

 朝鮮に派遣されていた宣教師の活動の結果、順調にキリスト教徒が増えている様子がありバードが喜んでいます。朝鮮には日本の「神道」のような存在がなかったからキリスト教が普及していると分析しています。

 当時の朝鮮は、かすかに信仰されていた仏教と、孔子に対する敬意、先祖崇拝、シャーマニズムなどが主な信仰だったようです。『異教』を捨てて今では韓国の国民のかなりの数がキリスト教を信仰しています。外見は似ているかもしれませんが、宗教を始めとして何もかも思想が違います。日本人の考えで朝鮮のことを考えるのはやはり無理があるかもしれません。

 

ハングル

一八九四年七月、大鳥氏は官報を鮮明な活版印刷で発行するという有益な刷新を行った。そして翌年一月には漢字と「無知な者の文字」とされていた諺文[ハングル]の混合体が官報に用いられ、一般庶民にも読めるようになった。

 官報は朝鮮では『法』と同じような効力があったということです。それが一般庶民にも読めるようになったのは日本の功績?かもしれません。それでもハングルはやはり知識人たちには馬鹿にされている様子があります。この大鳥氏は幕末で土方歳三と函館まで一緒にいたあの大鳥圭介です。

 

女性

 いい例えではないかもしれませんが…現代の厳格なイスラム教の国の様です。当時の朝鮮は超男尊女卑でした。お客さんは、訪ねた家の女性に関しては一切言及してはならず、いないと考えるのが礼儀だったそうです。女の子向けの学校はなく、読み書きのできる女性はほぼいないとバードは推測しています。家の中に引きこもるというのが朝鮮の上流階級の女性のルールであり、自由に外出できる西洋の慣習をどう思うか聞くと『あなた方はご主人からあまり大切にされていないと思う』という答えです。一方、市井の庶民や農民の女性は働きに行くためだけに外に出ると述べています。 

 

犬食

 朝鮮の屠殺方法はかなり残酷で、朝鮮に来たらベジタリアンにならざるを得ないと述べています。そして血抜きが甘いとバードは苦情を入れています。また犬食の文化についてももちろん述べてあります。季節によって需要が変動していたようです。今の日本で言う、鶏、豚、牛のように朝鮮では犬を普通に食べられていたようです。日本人の中には、この文化をやり玉に挙げて中国や朝鮮を批判する人もいますが…バードは何も言っていません。

 

平壌

 はじめて目にした平壌の光景はわたしをよろこばせた。この都はすばらしい地形に恵まれ、それが巧みに生かしてある。遠くから見たかぎりでは「威容を誇る」という形容がふさわしい。天候もすばらしい午後だった。

 地上の楽園、平壌のことを褒めちぎっています。ただバードは天気がいい日は機嫌がいいのか、街についての採点が甘くなる傾向があります。今はすっかり変わってしまった朝鮮をバードが見たら何を思うでしょうか?平壌のことをすばらしい街として再び褒めるでしょうか?

 

 

 

 まとめますが、朝鮮は昔から朝鮮だったということです。政治の腐敗、キリスト教の普及、反日、当時の精神のかなりの部分が現代の朝鮮人にも受け継がれているのがわかります。

 ただ、この読み物を使って朝鮮を叩くのは間違っています。明らかにバードは朝鮮という場所と市井の人々を気に入っています。朝鮮のことをけなしている個所もありますが、日本に来た時は日本のことも同様にけなしています。読み物としては『日本紀行』の方が面白いです。でもこれはたぶん私が日本人だからです。

 

日本に来た時のバードです。

 

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