ねじまき士クロニクル

日向の窓にあこがれて

うっかり者の皇帝クラウディウス

 ティベリウスの後を継いだカリグラが好き放題やって暗殺された後、皇帝に祭り上げられたのはカリグラの叔父、クラウディウス(在位41~54年)でした。第4代皇帝のキーワードは『うっかり』です。

 カリグラの叔父ということでアウグストゥスの血もついでいましたが、クラウディウスは『ユリウス一門』ではなく『クラウディウス一門』に属していたので、カリグラがいた時は皇帝になれるとは全く思ってもいなかったようです。一門というのは日本で言う『~家』のようなものです。

 前皇帝カリグラが近衛兵たちに殺害された後、暗殺の実行犯たちに探されて、祭り上げられて『皇帝』の称号を得ました。市民も元老院も大きな期待もなく50歳の新しい皇帝を迎えたそうです。この時点ではまだ『アウグストゥスの血』が皇帝の条件になっています。

 新しく皇帝になったクラウディウスですが、誰の目にも明らかな肉体上の欠陥がありました。幼少期の小児麻痺?の影響からか右足を引きずって歩くのが常でした。もちろん肉体の鍛錬などもできず、戦場にも出ずに、国家の要職にも就かずに、皇帝になるまでは趣味の歴史の勉強に励んでいました。身分は高かったので結婚はしていましたが、もちろん女性にはモテませんでした。

 皇帝になるまでの期間に『エトルリア史』『カルタゴ史』『平和記』などを書きましたが、現代には伝わっていません。ローマ皇帝が書いた歴史の本…今残っていれば読んでみたいですがクラウディウスの人気がなかったのか、内容が残念だったのか、暗黒の中世に葬られたのか…残念です。

 クラウディウスの初めての元老院での演説の時には、どもる癖が出てしまい、口の端に白い泡をためてそれがよだれになってしまい、自分でもよくわからないようなものを話した散々なものだったそうです。それでも皇帝になってからのクラウディウスは、皇帝の役割を精一杯努めます。カリグラの悪政の後処理、公共事業の再開、各種娯楽興行の支援、帝国の安全保障、ユダヤ人対策。そしてクラウディウスは一部のガリア人の元老院入りを決めました。ここからローマ帝国の開国路線が続くこととなります。塩野七生クラウディウスについて、政治はアウグストゥスを、軍事はティベリウスを踏襲していると述べています。

 50歳で皇帝になるまで、誰もクラウディウスが皇帝になるとは期待していなかったので彼の周りには派閥も何もありませんでした。肉体上の欠陥からも敬意を持って対応してくれる人に恵まれませんでした。そこでクラウディウスが頼りにしたのは家庭の使用人です。つまりは奴隷や解放奴隷たちです。彼らは優秀だったらしく、クラウディウスをサポートしました。 

 一方、帝国の統治よりも女性の統治の方が難しかったのか、家庭の中では問題が起きます。50歳で皇帝になったクラウディウスには16歳のメッサリーナというお嫁さんがいました。彼女と結婚する前に2度結婚履歴がありましたが、2度離婚しているようです。クラウディウスがいきなり皇帝になったのは予期せぬ出来事だったので、もちろん彼女が皇妃になったのも突然の出来事でした。いきなり夢のような身分になった16歳の女の子が舞い上がってしまうのもしょうがないかもしれません。そしてクラウディウスは政治に熱心でも家庭を省みることはありませんでした。

 メッサリーナは物欲、性欲、ありとあらゆることを欲しました。欲しいものがあると姦通罪や国家反逆罪をでっち上げ、資産を没収し懐に入れました。

 自分の愛人だった有名な俳優を横取りされたことで怒ったメッサリーナが姦通罪を理由に自死に追い込んだポッペア(皇帝ネロの妃になるポッペア・サビーナの母)の場合などが好例である。告訴状に署名し自死に追い込んだ数日後に、クラウディウス主催の夕食会が催されたのだが、そこに出席したのは夫だけで妻のポッペアの姿のないのを不審に思ったクラウディウスは、夫のスキピオに妻の消息をたずねたのである。スキピオから返ってきたのは、「死にました」という一言だけだった。それではじめて、クラウディウスは、数日前に何やらポッペアと名のあった書類に署名したことを思い出したのだ。

  また、ローマ随一と言われていた庭園が欲しかったメッサリーナは所有者に国家反逆罪で告発して自死に追い込んでいます。所有者はアジアティクスという優秀な人物だったそうですが、またしてもクラウディウスは妻からの告訴状をちゃんと読まずにアジアティクスの逮捕令状にうっかりサインしていました。

 また、伝説では、皇帝の妻は夜な夜な皇居を抜け出して娼家を訪れて、そこで客を取っていたということです…現代イタリア語で「メッサリーナ」とは性欲をコントロールできなくて誰とでも寝る女の代名詞になているようです。

 そのメッサリーナは夫の出張中に、ハンサムな別の議員と結婚しました。もう一度言いますが、皇帝の出張中の間に、皇后が別の元老員議員と結婚しました。俳優や遊び人と遊んでいる間はクラウディウスも黙認していたようです。しかし今度ばかりは相手が元老院議員で、さらに結婚して式も挙げたという暴挙です。もちろん許される行為ではありません。相手の議員は自死、メッサリーナにも死の宣告が告げられました。

 妻がいなくなったクラウディウスに、奴隷たちが三人の候補を推薦してきます。その中から当時34歳の小アグリッピーナを選びます。皇帝と彼女とは甥と姪の関係でした。

 結婚しなければよかったのにと思いますが、またしてもクラウディウスは妻のコントロールができません。小アグリッピーナは早速、夫に様々なことを要求します。『アウグスタ』という皇帝の女性形の称号の要求。現在のドイツのケルンを『コローニア・アグリッピネンシス』という自分の名前を冠する都市に変更(ケルンは小アグリッピーナの出身地)。前の妻よりも悪い女のような気がします。小アグリッピーナは頭がかなり切れた人物だったそうです。

 そしてアグリッピーナは連れ子だった『ドミティウス・エノバルブス』をクラウディウスの養子にすることに成功します。これ以降、彼は『ネロ・クラウディウス』と呼ばれることになります。キリスト教迫害で有名なあの『ネロ』です。地味な政治に集中している夫をよそに、妻はネロを公式の場にデビューさせるのに粉骨砕身していたということです。

 優秀な解放奴隷の力を借りて政治をしていたクラウディウスですが、ある時その片腕のナルキッソスが健康を害して療養のためローマを離れていました。小アグリッピーナは時期が来たと思ったのか夫にキノコ料理を食べさせました。キノコ料理が好きだったクラウディウスは毒キノコとは気付かずにうっかり食べてしまいます。63歳。できるかぎりのことをやった後で迎えた突然の死でした。 

 家庭内の問題を対処できず、解放奴隷を重用していたクラウディウスは人気がありませんでした。一般庶民も、元老院クラウディウスの死を知って喜び、ネロの即位を歓迎したそうです。クラウディウスはネロよりも4歳若かった実の息子がいましたが、ネロの即位後にその息子は殺されることとなります。

 私は好きです。うっかり者の歴史皇帝クラウディウス

『悪名高き皇帝たち ローマ人の物語Ⅶ』