ねじまき士クロニクル

新種の虫たちが鳴いてる

人間の大地

 星の王子さまでおなじみのサンテグジュペリ(1900~1944)の空にまつわるエッセイです。サンテグジュペリが活躍した時代は、人が飛行機で空を飛び始めたころとほとんど重なります。飛行機から見た世界を文章の世界に持ち込んだ張本人だと言えます。エッセイなのであらすじもないし、星の王子さまも出てきません。出てくるのはサンテグジュペリによって観察された人間です。飛行機にまつわる話を通して描かれた、人間についての文章です。

 同じフランスの作家ジュールベルヌの「80日間世界一周」が出版されたのは1872年。その頃にはまだ長距離移動でも、鉄道と船が最速の移動手段でした。サンテグジュペリが活躍したのはそれから半世紀ほど後になります。飛行機という今までの乗り物とは比べ物にならない速度の導入により、その頃にはもう80日間で世界一周というのは、前世紀の遺物になり驚くようなことではなかったかもしれません。

 それでも、サンテグジュペリの時代の飛行機は今のように安全で快適な空の旅が保証されたような代物ではありませんでした。当時は夜に空を飛ぶことさえ命がけでした。エンジンももちろん信頼性がありません。

どうやら、ある機械が完成したと言えるのは、もはや何も付け足す必要がなくなったときではなく、何も削る必要がなくなったときらしい。機械はその進化の最終局面では姿を隠すのだ。だが、それと同じようにすばらしいのは、実際に機械を使用する人間の意識からも、機械が少しずつ姿を消していくことだ。

  機械に関しての文章です。心臓のように意識しないでも存在して動いているのが最高の状態だと言っています。当時の飛行機は常に故障や墜落を覚悟していないといけない乗り物だったのかもしれません。サンテグジュペリは飛行中にコンロッドベアリングが壊れたこともあるそうです。想像するだけでも恐ろしい…車も飛行機も壊れた時にその存在を痛感します。車のクランクベアリングならまだしも?空の上での故障は致命的です。他には、レーダーもまだなかったのか、目視で目的地(ナイル川)を確認していた描写すらあります。それでも飛行機の可能性を開くため夜間飛行や郵便物の定期便に命を懸けていました。 

 実際にサンテグジュペリは、夜間にリビア北東部のベンガジからカイロ方面に向けて飛んでいる時に、目印のナイル川を見つけることができず、夜空の星と灯台を見間違えて、サハラ砂漠に不時着して遭難し死にかけています。「砂漠の中心で」という章です。この実体験から星の王子さまの砂漠での話が生まれています。

 「砂漠が美しいのはどこかに井戸を隠しているから」と星の王子さまでは書いてありますが、現実に遭難した時には井戸は見つけることができていません。機内に残されていたのはコーヒーが0.5リットル、白ワインが少々です。どちらを飲んでも水分が出ていきそうな気がします。「砂漠で水なしでは19時間しか耐えられない」と自問自答しながらも、朝露を確保したり、ガソリン混じりの水?を飲んだりして何とか命を繋いでいます。

 周囲を捜索中、幻覚が見えて、はるか先の丘の上にあるはずのない十字架が見えたり、見えない人が見えたり、黒い岩を人だと思って話しかけたりしています。一緒に遭難した航空機関士の同僚は「幸い拳銃がある」と覚悟を決めたりもしています。

  サンテグジュペリが極限状態の時に井戸の代わりに見つけたもの、それは同僚が飛行機の残骸から見つけた一つのオレンジでした。

「世の人々は一個のオレンジがどんな意味を持つのかわかっていない」

「僕らが死を宣告されているのはまちがいない。だが、今回もまた、死を確信しているということが僕から喜びを奪い取りはしなかった。事実、今こうして手に握っている半分のオレンジは、僕に人生最大の喜びの一つを与えてくれる…」

 オレンジ一つに真剣に感謝すること…今の日本では味わうことができない感情なのかも知れません。遭難中くじけそうになったときは、アンデスの山中で遭難して生還した僚友のことを思い出していました。

「嵐や霧や吹雪が君の行く手を阻むこともあるだろう。そんなときは、君と同じような目にあった連中のことを考えて、自分にただ一言こう言うんだ。他の者にできたことなら俺にもできるってね」

 その友人が歩いて救助された方角が「東」だったのでサンテグジュペリも「東に行けば助かるかもしれない」と東に足を進めます。その友人のおかげか、オレンジで人生最大の喜びを取り戻したからか、3日間で200㎞にも及ぶ賭けに近い「東」への移動によりアラブの遊牧民と会うことができ救助されました。もちろん、飛び立って帰ってこなかった僚友たちの話もあります。

メルモーズはこんな具合に砂と山と夜と海を開拓した。一度ならず砂や山や夜や海の中に姿を消したが、その彼が生還するのはつねにまた出発するためだった。

結局、メルモーズは十二年間にわたって働きつづけ、最後にもう一度南大西洋の上を飛んだとき、飛行中に「右後部のエンジンを切る」と短いメッセージを送ってよこした。そして、その後、音信が途絶えた。

日常生活においては十分の遅れなど取るに足りないが、郵便飛行の現場では深刻な意味を持つ。

 メルモーズだけではなく、他の僚友も亡くなっています。アンデスで遭難して救助されたあの僚友も離陸して終には帰ってきませんでした。そして結局はサンテグジュペリも飛行機搭乗中に亡くなっています。

 この作品とサンテグジュペリがこれからの時代も超えて読み継がれていくかどうか、飛行機黎明期の現実を伝えてくれる資料のような側面もありますが、たぶん日本ではすべて星の王子さま次第です。星の王子さまを入り口にこの本まで手を伸ばす人が増えることを望みます。飛行機にまつわるエッセイですが、どこか哲学的な文章ですらあります。人間の大地はフランス語が読めれば原文で読んでみたいです。フランス語が読めれば。フランス語が読めたら思わず読んでみたくなるような文章を抜き出して気持ちよくなってみます。 

このときすでに、僕は教養、文化、職業といったフィルターを通して眺めなければ、どんな風景も意味を持たないのだということに気づいていた

実際、死んだ僚友の代わりになり得るものなど何もない。古い僚友というのは、作ろうと思って作れるものではない。あんなに多くの共通の思い出、一緒に過ごした辛い時間、仲たがい、仲直り、感動……そうした宝物以上に価値のあるものなど何もない。そんな友情は今から築くことはできない。樫の若木を植えて、すぐにその木陰で憩おうとしてもむりな話だ。

あの夜間飛行の夜と十万の星、あの静謐さ、数時間だけ僕らに委ねられた至上の権利、そうしたものは金では買えない。

どんな自己啓発本よりも人間のこと自身に書いてある本です。自己啓発本を読んだことはありませんが。

 

人間の大地 (光文社古典新訳文庫)

人間の大地 (光文社古典新訳文庫)