ねじまき士クロニクル

とある整備士のつぶやき

神さまのせいにして

 先日、知人の裁判を傍聴しに行きました。

 無免許で友人から借りた乗用車を運転中、左折時に停止していたところ前方から突っ込んできたバイクが接触(この国は右側通行)、その結果バイクが歩行者に当たり歩行者は右ひざから下を切断。

 ここでは足を切断している人が日本よりもはるかに多いです。膝から下がないのはそれほど珍しいことではありません。事故を起こしたら機能を残すことを考えずに切ってしまうからなのかどうなのか…おそらくリハビリという概念はまだこの国にはありません。

 

 始めは知人が事故を起こしていたことなど知らなかったので、刑務所や謝罪に行かなくていいのかと尋ねると「裁判がまだだから」「行ったけど会ってくれなかった」とのことでした。彼は事故を起こしてからも何事もなく日常生活を半年以上過ごしていました。事故に関して「停止していたところにバイクが突っ込んできたならバイクは罪に問われないのか?」と尋ねると「こっちは無免許だしバイクの奴は警官にお金を握らせた」などと言っていました。日本は無免許運転でも運転技術があれば事故を起こしても罪が軽くる素晴らしい国でした、しかしこの国ではそうではないようです。免許を取得するお金がないため無免許運転が広く行われていますが、事故を起こした際には厳しい罰があるようです。それでも彼は事故を起こしてからも免許を取得することなく整備した車の確認のためにちょっとそこまで運転しています。公な無免許運転はこの国の日常の様です。

 裁判の日までは彼は陽気でした。事故を起こしたことを真剣に考えていないのか「俺が刑務所に入ったら被害者にお金の返済できなくなるだろ?」「神さまが決めてくれる」「神さまに祈っている」「創造主が助けてくれる」と神頼みしていました。「私の神様は何も言ってないよ(私の神様は庭に生えているでっかいフウセンカズラのような木です)」「被害者にも神様おるよ」と言っても「木は人間を助けてくれない、創造主だけが助けてくれる」「どっちが正しいかは神さまが見ている」「裁判が終わったら飲みに行こうぜ」とのことでした。

 裁判はかなりお粗末なものでした。弁護士もおらず、身振り手振りで知人が弁明していても、裁判官はその仕草を笑い、さらには傍聴していた私のことを「中国人が来ているぞと」バカにする始末(この国では中国人が馬鹿にされています。残念です。)それでも確かにどっちが正しいかは神さまが見ていました。神さまは車いすで傍聴に来ていた被害者の方に微笑みました。

 彼は罪を償うべきだと私は考えていましたが、その考えは私だけでした。周囲のみんなはそうではなく「彼が刑務所が行かなくて済むように祈っている」と公言していました。それを聞いた私はむしろ彼が刑務所に行くように願っていました。もしかしたら私のせいで彼に天罰が下ったのかもしれません。実際、無罪で釈放になることしか考えていなかったのか、周囲の人も含めて裁判費用すら裁判所に持ってきていませんでした。

 裁判が終わると、バリアフリーがまだ考えられていない国で、車いすを孫に押されながら被害者の老人は帰って行きました。

 

 無免許運転での事故の事例です。

亀岡市登校中児童ら交通事故死事件 - Wikipedia