ねじまき士クロニクル

いちごの味に似ている

藤原アレルギー

 私は名字で人を差別はしません。それどころか珍しい苗字の人に会えばこっそりアプリで名字の由来を検索するくらいの苗字マニアと言っても過言ではありません。

「梵」…全国人数10人。広島県三次市にみられる。

「北別府」…全国人数120人。近年、鹿児島県曽於市に多数みられる。

「鞘師」…全国人数50人。刀の鞘を作る職人より起こる。青森県弘前市には鞘師町の地名があるといわれている。大阪市、千葉県など少数みられる。職業姓。

「外木場」…全国人数50人。現鹿児島県である薩摩発祥ともいわれるが、伝統的な名字である。近年、鹿児島県に多数みられる。

「大瀬良」…全国人数1200人。現佐賀県長崎県である肥前五島起源とも言われる。近年、長崎県に多く、特に五島列島に多数みられる。「瀬」は流水が浅く流れているところを表す。

「ラモス」…全国人数10人。読売サッカークラブ所属であったサッカー選手、Ruy Gonçalves Ramos Sobrinhoが1989年11月に日本国籍を取得した際の名前。

「弦本」…全国人数440人。今でもカープを気に掛けてくれています。

「藤原」…全国299000人。中臣鎌足天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)。

 そう。北別府さんは中津市宇佐市などの別府市の北出身ではありません。大分出身でもありません。鹿児島です。私は大分も鹿児島も好きです。広島に縁がある人たちの名前だけでもなかなか面白いです。ただ藤原氏だけは別です。藤原氏によって私の人生を狂わされたといっても過言でありません。高校の日本史の授業にはっきりと挫折した瞬間を今でも覚えています。

 それはある晴れた日の授業のことでした。何食わぬ顔で日本史の先生が「藤原百川」という言葉を発して黒板に書きつけた途端、私の中の何かが終わってしまいました。一学期か二学期かわかりませんがこの「藤原百川」という人物が出てきた瞬間に自分の日本史は終わりました。中学生のころまでは日本史は好きな教科でした。信長の野望で歴史を覚えた自分にとって戦国時代こそが日本史の一番面白い所だったのに、そこに行くまでに次々と雨後の筍のように「藤原氏」が出てきて私は発狂しそうでした。「藤原氏でなければ人であらず」なんて言葉ももちろん知っていましたが、私の限界を越える量の藤原氏に私の脳みそは耐えることができませんでした。脳みその中のどこか弱い部分が崩壊してしまいました。今でも「藤原百川」が何をした人なのかわかりません。「ももかわ」なんて少し素敵な名前だとは思いますが調べる気もありません。

 これはもしかしたら、精神的な病気かもしれないと病院にも行ってみましたがお医者さんの診断結果は「中高生に特有の病気」ということでした。日本史を学んでいる学生に多く見られる病気らしく、病名は「藤原アレルギー」、症状は「藤原氏」と聞くとやる気をなくしてしまうものだそうでした。確かに、高校を何とか卒業した後は藤原さんに出会ってもなんとも思わなくなりました。「藤原氏」におびえていたのが今では嘘の様です。大人になった今では完璧に治っています。というのは噓なんですけどね。

 結局、藤原百川が出てきて以来、日本史については学校で真剣に勉強することはありませんでした。今思えばあの時、次々と出てくる藤原氏に対してもっと真剣に勉強をしとけば…と今の所は思えません。現代史から遡るようにして授業してくれたらもうちょっと日本史に興味を持てた気もしますが…私が京都や奈良出身だったらもうちょっと身近に藤原氏を感じられたのかもしれません。これは本当です。

 もちろん今の勉強中の学生は私の様にならないために雨後の筍の様に出てくる「藤原氏」にも負けずに勉強を頑張って欲しいですけどね!!

データは苗字由来netからです。