ねじまき士クロニクル

日向の窓にあこがれて

移民受け入れ大国日本?

 人口減少に続いて移民の話です。表向きは移民は受け入れてないけれど内実は日本はすでに移民国家になっているのではないか?というのが著者の主張です。ちなみに私は移民には反対です。日本人とも何とか上辺を取り繕って仲良くしている水準の社交力なのに、外国人と上手くやっていく自信がありません。ついでに外国人参政権ももちろん反対です。

 先日の蓮舫さんは会見で、親が選べないこと、53人に1人の赤ちゃんがいわゆるハーフということを強調していましたが、確かにもうその時代が来て要るのかも知れません。ただ日本は多民族国家ではないのでことは慎重にしないといけません。と私が言っても何の意味もないですが、これから日本がどうなるのかをただ純粋に心配しているだけです。

 今の日本はとにかく平和です。セブンイレブンに財布を置き忘れたことがありますが、馴染みの店だったので店員さんが届けに来てくれました。私は財布を忘れていたことにすら気付いていませんでした。その時は「なんて日本はいい国だろう」とはわざわざ思いませんでした。「ありがとうセブンイレブンの斎藤さん」としか思いませんでした。日本では財布が戻ってくることは特別なことではないと少なくとも思っているからです。ただこれがこの先何十年後の日本でも通用するのかどうかはわかりません。何年か何十年か先にセブンイレブンに財布を忘れても私の財布は戻ってくるのかどうか?移民の受け入れと国民の安全は両立できるのか?それが問題です。

移民の受け入れ、国民の自由、安全な国家は、同時に三つを成立させることはできない。かろうじて二つまでは可能だが、三つは無理なのだ。

移民受け入れ、安全な国家、そして国民の自由は、二つまでしか実現することができない。移民政策のトリレンマの拘束力は強力なのだ。

移民を受け入れ、安全な国家を求めると自由を失う(たとえばシンガポール

移民を受け入れ、自由を保とうとすると安全な国家ではなくなる(たとえばヨーロッパ)

自由を保ちつつ、安全な国家を維持したいならば、移民を受け入れることはできない(これまでの日本)

 著者は繰り返しこの三つの原則を述べています。はっきりとは口に出せなくとも誰もが薄々気付いていることなのかもしれません。一度移民を受け入れると、後戻りはできません。一方通行で多民族国家へまっしぐらです。イギリスやフランスであったテロを見る限り、言語や思想信条が違う移民を受け入れると母国育ちのテロリスト、ホームグロウンテロリストという問題にも取り組まないといけなくなる「可能性」があります。安全に対する可能性の問題なので何とも言えませんが…可能性は可能性です。差別でもなんでもなく外国籍の人の方が犯罪率が高いのが現状です。多民族国家のアメリカの大統領ですらよっぽど南からの移民に参っているのか「国境に壁を作る」とすら言っています。多民族国家ではない日本ならなおさらです。身近に何人かという少人数なら多文化共生できるかもしれませんが、急激な勢いで何パーセントも何十パーセントも人口比で移民が占めると…?答えは歴史を学べば簡単にわかることです。

 日本で移民を受け入れるかどうかの根本的な議論の要因は人口減少によるものですが、少子高齢化による労働力不足を補うため、安易に外国人を受け入れるというのはその場しのぎの最悪な手段です。少なくとも私はそう思います。とりあえず日本の国内で何とかして問題を解決しようとする政策を出そうとは思わないんでしょうか?私が知る限り子供を作る方法は一つです。この間、知りました。

 たまに偏っていると感じる箇所もありましたが、移民の問題に関してはTVや新聞ではあまり見られないない正論です。自民党政権下でもこっそりと移民のようなものは着々と進んでいます。近い将来に経済の成長と引き換えに色んなものを失いそうですね。日本語を話さない、日本の歴史を知らない人たちが日本人になる日がやってきます。このままいけば誰が望んでいるのかわかりませんが、日本列島が日本人だけのものではなくなる日もそのうちやってくるかもしれませんね!!著者が挙げた、三つの選択肢の中で日本はこれからどうなると思いますか?