ねじまき士クロニクル

とある整備士のつぶやき

永井隆 ロザリオの鎖

 永井隆は松江出身で、長崎医科大学に勤めていた時に被爆した放射線医師です。キリスト教徒(カトリック)と放射線医師という立場から被爆後の長崎について著作を残しています。そのどれもが被爆後の長崎を伝える貴重な資料になっています。怒りの広島、祈りの長崎という言葉がありますが、祈りの長崎に強く影響を与えたのは永井博士です。長崎の被爆者の総意を表しているとは思えませんが、日本のカトリックにおける総本山、浦上地区を代表する人物でした。

 『ロザリオの鎖』は原爆の後の生活のエッセイが中心です。タイトルは焼け落ちた自宅にあった、博士の妻のロザリオからです。ですが、彼女については詳しくは書かれていません。あくまで、原爆後のエッセイです。

 永井博士はカトリックの家庭に生まれ育ったわけではありません。そして長崎出身でもありません。元々は松江に生まれて神道だったのに、長崎に行き、なぜカトリックになったのか?ということについて少しだけですが述べています。自分が読んだ他の二冊の中には、はっきりとは書いてありませんでしたが、奥さんは本人よりも先にクリスチャンだった様です。永井博士が放射線医師そしてカトリックであるということを切り離して考えることはできません。カトリックであり戦争直後ということもあって、戦時中の日本や神社などの価値観は否定です。そして…浦上に原爆が落とされたのは『神の摂理』と唱えています。

満州事変の従軍から帰還するとすぐ私は浦上天主堂で洗礼を受けた。聖霊の光に照らされて私は宇宙の本質を了解するようになった。

 始めはクリスチャンをバカにしていた様子もありましたが、長崎へ行ってしばらくしてから、後に原爆で大破した浦上天主堂で洗礼を受けています。クリスチャンになる前には、こっそりと周囲の住民は永井博士がクリスチャンになるように祈っていたそうです。ここからキリスト教のゆるぎない信仰が始まることとなります。原爆が神の意思ということ、キリスト教以外の信仰の否定は、本の中にはっきりと書いてあります。

透視室

神官が近ごろ急に弱まって来たことに氏子たちは気づいたが、多分ご時世のせいだろうと思った。神国日本大勝利を単純に信じこんで朝々早くどうを打ち鳴らし祈願を続けて来たのに、待望の神風が吹くどころか敗戦と同時に高天原はおとぎばなしの本性をあばかれ、皇室の横に座っていた神々は突き落とされ、おまけに神社に対する寄付を隣組で集めてはまかりならぬとのきついお達しを受けては、神官たるものの影もうすくならざるを得まい。敗戦の犠牲者は多いが神官はその中でも特別ひどい目にあったほうだろう。なぜと言ったって先祖代々自らも信じ村民にも信じさせていたご神体がなんら神通力をもたぬ物体に過ぎなかったことを証明されたのだから、拙者は間抜け者でござったと顔に書かれたようなもので、これでは村道もまぶしくて歩けない。精神的打撃にも増して経済的打撃はひどかった。

だが八百万の神々は実在ではなく、元来架空の想像神である。彼女が恨まねばならぬ相手は真理を求めようとする勇気に欠けていた日本人自体である。

 今にも偶像を叩き壊してしまいそうなほどの思想です。出雲大社のある県で生まれ育ったのに、人は信仰でここまで変わるのかと思いました。もちろん、神道仏教が戦争の原因になったという思想があるのだと思いますが…

 

一つの試練(昭和21年 8月9日慰霊祭祭詞

地上において神より愛される村や町は多けれど、わが浦上のごとく深く神に愛さるる村はありますまい。数々の殉教、不断の迫害、原子爆弾。これらは皆やがて教えを異にする者にさえ、神の光栄を世に示すための試練であったことを悟らしむるものであり、その尊き神の光栄を実現する神聖なる土地として選び給うのが、いつも浦上であることを知らしめ給うのであります。浦上を愛し給うがゆえに浦上に苦しみを与え給い、永遠の生命に入らしめんがためにこの世において短きを与え給い、しかも絶えずみ恵みの雨をこの教会の上にそそぎ給う神に心から感謝を献ぐるものでございます。

神の御力によらず、ただ人の力のみをもってしては復興のできぬということは異教徒の多く住んだ町々の焼け跡にまだ一軒の小屋も建たず、夏草の荒るるに任せてある状況をいちべつしても明らかでありましょう。浦上一万戸のうち現在復興したのはわれわれ信者のみであり、しかも浦上の信者はほとんど皆焼け跡に帰り来たって、聖体の中にまします唯一の神のみ前に集まったのでございます。

 原爆から一年後の慰霊祭の中でこう述べています。もちろんこれだけではなく、これ以前にも、これ以後にも『神の摂理』という浦上燔祭説(うらがみはんさいせつ)ということを唱えています。神の意向により浦上が選ばれて信者が生贄に捧げられたと。そしてキリスト教信者ではない者たちは復興が進んでいないとまで言っています。原爆を祝福している一方で、戦争によって誰も死ななかった自分の兄弟の家族を見てとても幸せなものと述べています。

夫婦子供無事にそろって、悲しい思い出をもたぬ家庭というものは、こんなにまで幸福なものであろうかと、横から見ながら事ごとに思う。

 明らかな矛盾です。そもそも原爆が落とされないのが一番よかったはずです。妻を亡くした博士自身一番それがわかっていたはずです。博士は職務での放射線により原爆の前から白血病に侵されていて死期が3年ということを自覚していました。そしてそれを彼女に伝えて自分の亡き後のことを託していました。それなのに妻が先に原爆で亡くなり、その無念を『この子を残して』という作品に込めています。それとも原爆が落とされて戦争が終わって、信仰の自由を保障された世界の方が良かったのか、真意がわかりません。

 

教壇に立って講義をしていると赤い旗を立てた一隊が入って来て、先頭にいただぶだぶ服の大男が、「2に3を加えると4になると教えろ」と命令してピストルを私の横腹に押しつけた。私は指を折って何べんも数えてみたが、どうしても5にしかならない。そこで、「2に3を加えると5になる」と学生に向かって言った。ピストルが私の腹で鳴った。それで私は天国へ行った。頭のはげ上がった男が石に腰をかけていた。聖パウロだった。彼は私の保護の聖人である。「殉教者の心理がわかったかな?」と彼はたずねた。

 博士とは直接関係ないですが、ジョージ・オーウェルディストピア小説『1984』の中のこれと似たような話を思い出しました。思考が管理された社会の下では『2+2=5』になるという話です。その社会では『2+2』が5にも6にもなります。

 自分自身それを矛盾していることを知りながら、それを真実だと思い込ませる概念。『1984』の中で『二重思考』と呼ばれているものです。ただ、オーウェルが『1984』を書いたのは1948年なので、永井博士が読んでいる可能性はないと思います。

 博士は、原爆で戦争が終わったことにより、初めて信仰の自由が保障された、信者にとっては原爆は祝福でもあった。と述べています。その真意は私にはわかりません。長崎のカトリック被爆者の人ならわかるのでしょうか?長崎に比べて、広島はキリスト教が盛んではないので(主には浄土真宗?)、広島では『原爆が神の摂理』という言葉は聞いたことがありません。博士にとって(長崎にとって?)原爆とは神が与えてくれてクリスチャンが生贄となった宗教的な祝福かもしれませんが、広島ではアメリカが落として、時間と世代とこれからのアメリカの姿勢だけが解決してくれる現実的な問題ではないかと思います…

 

老人

全く未知の、全く未開のあの米大陸を短い年月のあいだにあんなに開拓した人々の努力。それは森を切り払い、水を引き、鉄道を敷くだけの仕事ではなく、また民主主義という理想をひろげゆく事業でもあった。それは、先祖の墓の番をして一生を送るのが最高の孝行と思いこんでいる日本人には及びもつかぬ。彼らの孝行は親の抱いていた理想の実現に努めることであった。理想は久遠のものである。人類は一歩一歩それに近づくのみ。父は理想への道をふみ出して間もなく倒れた、子はそれよりさらに幾ばくか進む、孫はまた親の骨を埋めてから、道を開き行くであろう。──かくて初代の墓は大西洋岸のフロリダにあり、二代の墓はオクラホマに残り、三代目は中部の町デンバーに葬られ、四代目は太平洋岸サンジェゴに、五代目はさらに太平洋に船出して──。米国発展の基をなす開拓魂のたくましさよ。七十歳の老船長ディールさんは今日もがっしりとかじを握りしめ、襲いかかる波頭をにらみつけているであろう。

 三老人という章の一節です。年を重ねて仕事の一線から引退する日本人と、年を重ねても仕事を続けるアメリカ人という構図でアメリカを称賛しています。もちろん戦争に関してアメリカの批判はありません。戦争に至るまでのアメリカの歴史に関しても批判はありません。個人的に私はハワイはアメリカではなく、その名も偉大なカメハメハ大王のものだったと思っています。GHQ統治下でアメリカの悪口は言えなかった時代ですが、上記の浦上燔祭論も含めて、博士の言動がアメリカによる原爆を擁護する立場に使われたことは事実です。

 

わずかの実験を大きな空想でつなぎ合わせて一つの物語を作り上げ、実験嫌いで空想好きの愚民どもをだましたのが火素説であり進化論であり火星人であり血液型気質決定説等であった。こんなのは千古の真理ではなく、一人の作家の創作にすぎない。真理とは人間の創作以前のものである。

真理を把握するの道はただ一つ。カトリック信仰のみ。幼な子のごとく単純なる「我信ず」の一念のみが必要にして充分な真理把握の条件である。科学もいらぬ、芸術もいらぬ、知恵もいらぬ、物資もいらぬ、時間もいらぬ、手続きもいらぬ。これこそきわめて簡単にして確実な方法であり、これ以外に道はない。

私はこれらの自然科学を攻究しようとする若い学徒に心からすすめる。まずカトリック信仰をもちなさいと。これが真理に向かって進む最も近い最もやさしい道を示してくれる。

偽教師に警戒せよ! 偽教会にだまされるな! ああ幾万の信徒もろとも地獄に突進する偽の宗教列車のいかに多いことか!天国行きの列車は教皇を機関手とするカトリック教会のほかにありません。

原子爆弾は人類に向かって宇宙にはまだまだ大きな利用資源が隠されてあるよと教えました。石炭がなくなり石油がなくなれば文化は行き詰まりだと悲観していた人類は、あのピカドンで全く新しい未開の沃野に飛びこんだのです。燃料、食糧、動力などの資源と、国土と人口との調節について、各国の政治家はこれまで外交と戦争とにその解決を求めて紛争を続けてきました。原子力の利用は彼らの紛争の種の大部分を解消しそうな予想がされます。

 言葉の節々に、科学者として、クリスチャンとしての思想が垣間見えます。悲しいですが、今のところはまだ原子力は夢のエネルギーではありませんでした。制御するためのブレーキが不十分でした。今の日本の現状を見たら博士は何を思うのでしょうか?

 原爆で家族を亡くしながら、原爆を祝福することは可能なのかどうか…宗教を持ちだされたら、何事もタブーになりますが…私には理解できません。これらが本心なのか、それとも、『祝福』とでも思わないと耐えられなかったのか、残念ながら私にはわかりません。

 博士が家族と過ごした小さな家は今でも長崎に残っています。清廉な人であったことは疑いようがないです。

家ではなくて箱だ、とカナダの神父さまが言った。建築許可願いを出したとき長崎県でいちばん小さい家だと言われた。家財もほとんどない。

ロザリオの鎖

ロザリオの鎖