ねじまき士クロニクル

新種の虫たちが鳴いてる

松山行きフェリー 村下孝蔵

 広島と熊本。二つの都道府県を並べて連想するものは何でしょうか?二つの都道府県に縁があるのはカープの背番号1の選手だけではありません。

 6月24日はシンガーソングライター村下孝蔵の命日です。熊本出身なのに広島にとても縁がある方でした。子供の頃、母に連れられて安佐南区をドライブしていた時に村下孝蔵の曲をよく聞きました。安佐南区育ちの一ファンのよもやま話でしたが、その時に、梅林、毘沙門、上安…それぞれの街に村下孝蔵の思い出があるというようなことを話していた気がします。

 亡くなってから18年が経ちますが今でもホームページがあります。そのことにまず驚きましたが、その中に『松山行きフェリー』について書いてある文章があり更に驚きました。『初恋』が一番有名かもしれませんが、私はデビューシングルB面の『松山行きフェリーが』一番好きです。

傷心の旅

あの日は「松山行きフェリー」(当時の歌詞は今とは違う)を書いて一年後、3月28日だった。

まだ、あの人を諦め切れないぼくは、あの人のいる松山へ向かった。おそらく、その日が最後になることを予期しながらも。

広島港(宇品)から高速艇(ジェット便)で約一時間、松山観光港(高浜)へ着く。

観光港を出て左手にバス乗り場がある。松山市内行きに乗り約30分、松山市駅で降りる。

松山のメインアーケード(大街道)を松山城方向へ歩く。(途中うどん屋さんが沢山あるけど、どこもうまい)

電車通りに突き当たると三越デパートがある。そのライオンの像の前が待ち合わせ場所だ。

そこで聞かされた話は「既に婚約している」ことだった。

彼女と別れた後、そのままロープウエイ街を通ってロープウエイ乗り場へ行った。

 何度か通ったライブハウス「バラエティー」はここにあった。(よく「ナインス」ではないかと聞かれるが、当時「ナインス」は、まだなかった。今はどちらもない。)

ロープウエイ乗り場についたら、ロープウエイとリフトがある。ぼくはリフトにのった。普段なら風に吹かれてが気持ちよい。10分くらいで終点に着く。

なだらかな坂道を城に向かって歩きながら、途中で何度も松山市内を振り返って見る。(途中でとても景色の良い場所が何箇所かある。)

途中何度も松山の街を見ては「あの娘はもう家に帰ったのだろうか」と思いながら。そこで「夢の跡」が出来た。

それから天守閣へ上った。もう桜が咲き始めていた。石手寺にお参りもした。(石手川の側の小道はデートコース、二人で歩いたこともあった。)

それから道後温泉に入った。(入浴後のだんごとお茶はうまい。)帰りはフェリーで帰った。三津浜から乗る。写りの悪いテレビを見ながらポッキー(名物の「ちくわ」もお奨め)をかじりながら3時間のゆっくりした帰路についた。

 歌手として挑戦するか、結婚して幸せになるか…『松山行きフェリー』で会いに行った彼女と『もっとありふれた暮らし』をしていれば世の中に村下孝蔵は出ていなかったかもしれません。松山行きフェリーは宇品港発(広島港)。宇品はベイシティの方が騒がしいですが、電車通りの方は静かで落ち着いた街です。

 電車で発着のメロディーが駅にちなんだものに代わることがありますが…『松山行きフェリー』が宇品港に使われることはないですかね?

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