ねじまき士クロニクル

とある整備士のつぶやき

安楽死のできる国

 エリック・クラプトンは20代の頃に作った「Bell Bottom Blues」の中で「死に場所を選べるなら君の腕の中で死にたい」と歌っています。長い音楽生活の中で多くの友人たちを亡くしながら、70代の今も音楽活動を行っています。

 三国志演義では劉備関羽張飛の三人が「生まれた時は違っても、死ぬ時、死ぬ場所は一緒だ」と義兄弟の誓いを交わしました。力を合わせて蜀を建国しながらも、関羽は戦場で張飛は部下の裏切りで殺されて、義兄弟の誓いを果たすことはできませんでした。

 私はクラプトンではありませんし、契りを交わしている義兄弟はいません。それでも、死ぬ時、死に場所を選べるなら生まれた所で自分の意志で死にたいと思っています。ただ、ここで問題が一つあります。日本には今のところ安楽死が合法になっていません。現状ではビオフェルミンでさえ服用するのが嫌なくらいなのに、将来は胃に穴を開けられて、生きる気力を失っても生かされてしまう可能性があります。勘弁してください。安楽死尊厳死についてアマゾンで調べても、あまりこの主題を扱った本はありませんでした。世の中、自己啓発本だらけでどう生きるかという本ばかりがもてはやされています。たぶん死ぬ時のことをみんな考えていないのでしょう。

 『安楽死のできる国』は安楽死を法制化しているオランダを通して、日本で安楽死を法制化することの可能性を検証しています。オランダの安楽死容認派の医師は安楽死の制度化に必要な4つの要素を挙げています。だれもが公平に高度な治療が受けられる医療制度。それと同様の福祉制度。腐敗がなく信頼度の高い医療。個人主義の徹底教育の普及。これらのうちどれか一つが欠けても安楽死の合法化は危険としています。

 それでもオランダは30年かけて安楽死の合法化を行いました。裏でこそこそ安楽死を行うよりかは、法律を作り運用するというお国柄の様です。法律を作るということは線を引くということです。誰に安楽死を認めるか、どんな用件で安楽死が認められるか、何歳から認められるのか、優勢思想に繋がらないか、障害者や社会的な弱者への精神的な迫害にならないか…日本で同じことができるかどうかわかりません。議論をすることですら恐らく大変な問題になるでしょう。現状では政治家が死生観を公にしても票にはつながりません。安楽死を合法化するには、その社会が成熟していなければならない。と文中にありましたが日本の社会はまだ成熟していないのかもしれません。いや、もしかすると安楽死について考えるには社会が熟しすぎているのかもしれません。

 著者は公平です。安楽死の賛成派、反対派両方の意見を紹介しています。この本が書かれた後、安楽死ではありませんが優勢思想に関してアシュリー事件というものが起きています。安楽死もアシュリー事件も、突き詰めると命に関して誰にどんな権利があるのかということに繋がっています…

アシュリー・トリートメント - Wikipedia

安楽死のできる国 (新潮新書)

安楽死のできる国 (新潮新書)

 

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