ねじまき士クロニクル

日向の窓にあこがれて

神学・政治論 スピノザ 聖書批判

わたしには不思議で仕方ないのだが、ひとびとは神からの最大の贈り物であり神の光である理性を、人間の悪意によって歪曲できたはずの物言わぬ文字に従わせたがっている。神の言葉の本当の契約書である精神を不適切に語ったり、歪めたり、盲目にしたり、使い物にならなくしたりすることは何の罪とも思われていないのに、神の言葉の影に過ぎない文字についてそうしたことを考えるのは最大の罪とされているのだ。彼らは理性や自分自身の判断力を全く信頼しないことこそ道徳的で、わたしたちに聖書各巻を伝えてくれた人たちの信仰内容に疑いを挟むことこそ不道徳だと思っている。しかしこれはむしろ愚かしさの極みというものであり、道徳心でもなんでもないのである。

 聖書とは一体何なのか?奇跡はあったのか?復活はあったのか?旧約とは?新約とは?中東の一地域の宗教であったキリスト教を全世界に適応可能なのか?そして今から遥か昔に書かれた聖書を無条件に受け入れてもいいのか?

 今から350年前のオランダで、聖書に対して上記のような疑問を解き明かそうとした哲学者がいました。それがスピノザです。そして当時、匿名で、そして出版元を偽ってまで出版されたのが『神学・政治論』です。オランダのアムステルダムで出版されながら、「ハンブルク、ヘンリクス・キュンラート出版」と書かれていたそうです。

 スピノザは若いころに、生まれ育ったアムステルダムユダヤ人コミュニティを破門されていました。そして、後にこの『神学・政治論』という聖書研究・聖書批判の本を書いています。キリスト教からはユダヤ人として差別され、ユダヤ人からは破門されて、当時としては究極の独りぼっちだったということです。匿名でありながらも、こんな本を書くのはあいつしかいないとすぐにばれていたそうです。

 私も高校の世界史で『スピノザ』という名前だけは覚えたような気がします。もちろんその時は『神学・政治論』を手に取ることはありませんでした。その時にこの本を読んでも理解できなかったと思います。ただ、今読んでも理解が怪しいです。

 当時の人々には誤解されてしまいましたが、スピノザは聖書そのものを批判したわけではありませんでした。聖書を利用し、都合の良い解釈を行い、自己の権力を保持しようとする権力者や聖職者に対して批判を行っています。その状況を改めて、聖書をきっちりとした事実と伝説に分けたい。誰が書いたのかを追求したい。聖書のことをもっと知りたい。その思いで研究に励んでいました。スピノザがもしも、紀元前かイエスと同じ時代に生まれていたとしたら、きっちりとした記録を残してくれたはずです。もっともそれが、宗教と歴史の洗礼を経て現代までそのままの状態で伝わってくれたかどうかは別ですが。

 今から350年も前に書かれた本なので最新の知識は含まれていないかもしれません。訳者が指摘しているように、現代の認識から言えば間違っている個所もあります(辮髪は漢民族の一体感を高めるという箇所など)。それでも、ダーウィンの『種の起源』やカーソンの『沈黙の春』のように、当時の常識とは違うことを主張したということに意味があります。当時の世界では常識破りな主張をしたからこそ、出版してから4年後に禁書扱いをされています。中世のヨーロッパで、聖書に関して疑問を抱くということがどれだけ危険な思想だったかということは日本人でも簡単に想像できると思います。

 『神学政治論』で一貫して、聖書の真偽を誠実に確かめようとするのですが、聖書をよく知らない私にとっては、読み進めるのはなかなかつらい作業でした。いや、もしかしたら、聖書をよく知っているクリスチャンの方が読み進めるのがつらいかもしれません。それでも、歴史を学ぶということは知りたくもないことを知ることだと私は考えています…

 引用多めでスピノザの意見を見てみます。20ある章の中の序章でこの『神学・政治論』を書いた動機を述べています。

 

本書は、哲学する自由を認めても道徳心や国の平和は損なわれないどころではなく、むしろこの自由を踏みにじれば国の平和や道徳心も必ず損なわれてしまう、ということを示したさまざまな論考からできている。

 

実はこの自由というものは、それを認めても道徳心や国の平和は損なわれない、というだけではない。むしろそれどころか、もしも自由が踏みにじられたら、国の平和も道徳心も必ず損なわれてしまうのである。

 

わたしにはしばしば不思議でならなかったのだが、キリスト教を信じていると公言してはばからない人たちが、つまり愛、喜び、平和、自制心、分け隔てのない誠意などを重んじているはずの人たちが、意外にも反目して争い合い、この上なく激しい憎しみを毎日のように互いにぶつけ合っている。上に挙げた徳目よりも、こういう争いを目にすることで彼らが何教の信者なのか分かってしまうほどである。

 

なぜこういうややこしいことになったのだろうか。原因を探ってみると、はっきり分かった。教会を取り仕切る仕事を特別立派なことと見なして、そういう仕事に報酬[=聖職禄]を付けてやり、聖職者たちには最上級の敬意を払う。宗教の内実が、一般にそんなものだと見られるようになったのがそもそもの始まりだったのだ。

 

本当に神の光の一かけらでも彼らに与えられていたら、これほどまでに正気を失って増長することはなかったろう。

 

さらに言ってしまうが、多少なりとも神の光を与えられていたら、少なくとも彼らの教えにそれが現れてきたはずだ。なるほど、彼らが聖書の深遠この上ない神秘とやらを、飽きることなくほめたたえてきたのは認めよう。

 

また、この神秘とやらの讃嘆があまりにしつこいから露骨に分かるのだが、彼らは聖書を信じているというよりもむしろ聖書に追従しているに過ぎない。これは以下のことからも明らかだ。彼らの多くは、まるで(聖書を理解しその本当の意味を探り出すための)大原則のように、聖書の記述はどこを取っても真実で神聖だと決めてかかっている。そんなことはそもそも聖書を知的に読み解き、厳しく吟味してからでないと確定できないはずだ。また人間の想像などほとんど加えなくても、聖書それ自体がはるかによく教えてくれるはずだ。

 

その結果、わたしはこう決心するに至ったのである。まずは改めて聖書を、偏見に侵されない自由な気持ちで味わってみようと。そして聖書自体が明白きわまりない形で教えていないようなことは、何一つ聖書について主張しないし、聖書の教えと認めないようにしようと。

 

だからわたしは、いよいよ確信したのである。聖書は理性を全面的に放任している。聖書は[理性の営みとしての]哲学と共通するものを何ももたず、両者はそれぞれ固有の足がかりに基づいているのである。

 

それ以外の人たちにこの論考を勧めるのは、わたしとしては気が進まない。何かの理由でこの本を気に入ってもらえるとは、どう見ても期待できないからだ。

 

だから民衆にも、また民衆と同じ感情にとらわれているあらゆる人たちにも、わたしはこの本を読むよう勧めない。この本を読むくらいならいっそ完全に無視してほしい。彼らが何につけてもよくやるように、この本にも倒錯した解釈をつけて勝手に不愉快がるよりは、無視してくれた方がよほどありがたい。

 これらのことは、キリスト教の盛んな地域では、現代でさえスピノザの名前を借りなければ、はっきりとは言えないことかもしれません。1670年にこれだけのことを書物にして発行したことにとても意味があったと思います。聖書の書かれた時代背景を確かめたい。聖書の作者を知りたい。聖書を自分なりに解釈したい。聖書について歴史的な事実を知りたいと願っていたスピノザでしたが、当時としては異端で無神論者の扱いもされた様です。

 批判を避けるための予防線を張っていることも明らかです。『神学・政治論』を読んで気に入ってもらえそうにない人には無視してほしいと述べています。残念ながらそれでも結局は、無視してほしかった人には、気に入ってもらえなかったようで、出版から4年後の1674年には発禁処分になっています。ただ、心ある人たち?のおかげで出版年月日を『1670年』にして地下出版されていたようです。

 

 内容に関しても少しだけ触れておきます。日本人にはとてつもなくわかりにくい預言についてです。はっきり言って預言とは預言者個人の想像力の産物じゃないかとスピノザは疑っています。もちろん疑うだけではなく、聖書から引用して自論を展開しています。神から言葉を預かった預言者の言動と言えども、スピノザにとっては白黒はっきりさせたいという対象でした。

預言とは、啓示ともいうが、ある事柄について神が人間に示した確かな知のことである。普通の人は、神から啓示された事柄を確実に知ることなどできないから、そういう啓示をただ信じることで受け入れるしかない。

 

だから想像力を用いずに、つまり言葉や映像に頼らずに神の啓示を受け取った人は、キリスト以外に誰もいなかったと断言したい。ということは、神の啓示を受けるために必要なのは、並外れて完全な精神ではなく、むしろ並外れて活発な想像力なのだ。

 

したがって、もう迷わずこう言ってしまっていいだろう。預言者たちは神からの啓示を、ただ想像力だけに導かれて、つまり言葉[=声]と映像だけを介して受け取っていたのだ。それは本物の声や映像だった場合もあれば、想像の産物に過ぎなかった場合もあった。ともかく、聖書にはこれ以外のどんな伝達手段も見つからないのだから、既に示したように、わたしたちの空想で別の手段があったことにしてしまってはいけないのである。

 

そもそも、イザヤは六枚羽のセラフィムを見たのに、エゼキエルは四枚羽の獣を見たのである。またイザヤの見た神は着飾って玉座に座っていたのに、エゼキエルの見た神は炎のような姿をしていたという。二人とも神を見たのは間違いないだろう。ただし、神は二人がそれぞれ普段想像していた通りの姿で見えたのである。

 

神が人類を根絶するという啓示がノアに与えられたのも、当人の理解力に応じてのことだった。ノアパレスチナの外の世界には誰も住んでいないと思っていたのである。

 

最後に、神が天に住んでいると信じていたモーセには、だからこそ神はまるで天から山の上に下りて来るように啓示された。そして彼自身も神に語りかけるために山に登った。もしモーセが、どこでも簡単に神のことを思い浮かべられる人であったら、山に登る必要は少しもなかったはずである。

 

預言者たちの言うことを信じなければならないのは、それが啓示の目的や核心に関わっている場合に限られる。

 

 この本の中で、スピノザは二回『日本』という国に言及しています。一人のオランダ人として、貿易はするけど布教には応じない日本という国が特異に映ったのかもしれません。日本が西洋の国から影響を受けたように、キリスト教ではない世界が確かに存在しているということは、キリスト教を信仰している世界の人に間違いなく相対的な視点を与えたはずです。 

  

これに対して、キリスト教徒の儀礼はどうだろうか。たとえば洗礼や聖餐や[教会関係の]祝日や集団祈禱や、これ以外にもキリスト教全体に共通して絶えず行われてきた儀礼は色々あるだろう。もしそうした儀礼をかつてキリストか使徒たちが定めたならば(本当にそうなのか、わたしはまだ十分に確信できないのだが)、それはただ教会一般の外的な目印として定められたのであり、[本当の]幸福に役立つものとしてでもなければ、神聖な何かを内に含んだものとしてでもない。したがってこうした儀礼は、もちろん[特定の]国を保つためではなかったけれども、しかしやはり社会の全体だけを念頭に置いて定められたのである。だからこそ、孤独な生活を送る人はこうした儀礼に少しも縛られない。それどころか、キリスト教が禁じられている国に暮らす人は、こうした儀礼を行わないよう義務付けられる。それでも彼らは幸福に生きられるのだ。この例は日本という王国に見出せる。この国ではキリスト教が禁じられているから、この地に暮らすオランダ人たちは東インド会社の命により、あらゆる外的な礼拝を行わないよう義務付けられているのである。

 スピノザが書いた『神学・政治論』がキリスト教の世界に、どれほど影響を与えたのか知りたい今日この頃です。最後に印象に残った言葉を紹介にして終わりにします。

わたしたちの時代も、もし一切の迷信から解き放たれたキリスト教が見られたなら、間違いなく幸福な時代と言えたのだが。

 

 

神学・政治論(上) (光文社古典新訳文庫)

神学・政治論(上) (光文社古典新訳文庫)