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私にとって神とは

 遠藤周作氏の本についてです。

 宗教の話をする前に立場をはっきりさせておきます。私はキリスト教徒が言う意味での宗教ならば無宗教です。キリスト教徒は火葬を恐れるかもしれませんが、私は死んだらこんがり焼かれるはずです。

 政治と宗教と野球の話は飲み屋でもするなと言われていますが、たちまちネット上では規制されていませんので書かせてもらいます。特に宗教に関して聖域を作ることを認めるべきではないと個人的には考えています。私にはよくわかりませんが、聖書や教えや神を疑うことは罪になりますか?

『私にとっての神とは』何なのかについて、クリスチャンである遠藤周作氏がキリスト教に対して正直に語っています。他の作品を読んでも分かるように、ガッチガチのクリスチャンというわけではありません、本人が言うように自分流に仕立て直した神を信仰しています。

 『あなたは、なぜキリスト教信者になったんですか。いまでも本気で信じているのですか。』

『あなたの書くイエスのイメージは特色がありますね。それを話してください』

『神の働きについて、もう少し話してください』

『あなたでも信仰を棄てようとしたことがあるのですね』

『じゃあ神を疑うことはあったんですね。そのことをもう少し詳しく話してくれませんか』

『あなたはさっきから意識では神を疑っても心の底では信じていると言いますが、その心の底って何ですか?』

『聖書を読もうと開いたんですが、どうもあれは面白くないんです。あなたはあのつまらない本をどういう風に読んでいるんですか。また聖書について話してください』

 

 といった、日本人ならキリスト教徒に対して思わず投げかけたくなるような、これら の質問に答えています。何か宗教を信仰していないとわかりにくい答えもありますが。

 多くの日本人が親から何となく受け継ぐ仏教のように、著者も母から与えてもらったものを棄てるのは親不孝になるという思いで、母親から何となく受け継いだカトリックを迷いながらも信仰していました。

 キリスト教徒は『敬虔』というイメージがあると思いますが、著者はそれを否定します。そして繰り返し、『信仰は90%の疑いと10%の希望』と言っています。疑いながらも捨てることができなかったということが遠藤周作にとってのキリストでした。この辺りの葛藤は『沈黙』に強く影響を与えています。

 聖書に対しても、正直に解説しています。著者の他の著作を当たってもわかることですが、聖書に書かれていることをすべて文字通りに受け取っているわけではありません。イエスの言動、クリスマスに生まれたということ、そして聖書の内容自体をもクリスチャンなのに100%は信じてはいません。もちろん、そこに至るまでには相当の葛藤があったようですが。ただ、90%の疑いより10%の信仰の方が強かったのでしょう。

 その後に近代聖書学の勉強をやりだして、聖書はそれぞれの福音書の作家が自分の属するグループの信仰を土台にして、旧約聖書の話や、イエスの死後の民間伝承を使って書いたものだと知り、今まで信じたことが崩れそうになったことがあります。その時もやはり、かなりのショックを受けました。聖書に書かれているイエスの行動のうち

 

 あなたは復活と蘇生と間違えているようですが、復活というのは蘇生とは違いますよ。復活には二つの意味があります。イエスの死後、使徒たちの心の中で、イエスはキリスト(救い主)という形で生き始めました。イエスの本質的なものがキリストで、その本質的なものが生き始めたということです。現実のイエスよりも真実のイエスとして生き始めたこと、これが復活の第一の意味です。  それから、イエスが復活したということは、彼が大いなる生命の中に戻っていったことの確認です。滅びたわけではなくて、神という大きな生命の中で生前よりも息づいて、後の世まで生きていく。これを復活と言ったのだと思います。

また、これは著者の解釈でありイエスが文字通り肉体とともに復活して、天に昇ったと信仰しているキリスト教徒もいます。そのあたりは居酒屋で話す際にも注意が必要です。

 『私にとって神とは』を通じて、神さまのことを対象ではなくその人の人生を通して働くもの、その人の背中を押してくれるもの『自分の中にある働き』と述べています。『タマネギという名前でもXという記号でもよかった。それが私の前にキリストという形をとって現れた』そう述べています。例え、一般的なキリスト教の信仰とは少し違っても、これが本心に近いのかなという感じがします。

 『イエスの生涯』『死海のほとり』『キリストの誕生』などの著作も併せて読むと、遠藤周作氏のキリスト教観がより深く理解できるのかなという気がします。あくまでも気がするだけです。何かを信仰したこともない私に本当の信仰を理解できるかどうはわかりません。

 最後に、気に入った文章です。宗教に関して本質を鋭く突いた深い言葉だと思います。

信仰は競馬によく似ていると思うことがあります。ビギナーはよく穴を当てます。ところが、馬のことを勉強し始めたら、当たらなくなります。

私にとって神とは (光文社文庫)

私にとって神とは (光文社文庫)