ねじまき士クロニクル

とある整備士のつぶやき

古代ローマ人の24時間

 古代ローマ帝国が好きです。

 それはもしかしたら、多神教で温泉好きなローマ人に一人の日本人として親近感を抱いているからなのかもしれません。もしくは、ただ単純にキリスト教が存在していなかった頃の世界というものを知りたいのかもしれません。もしくは、ただの純粋な好奇心を満たすためかもしれません。

 例えば今から2000年ほど前のローマ帝国の時代でさえ舗装された当時の高速道路があったのに、今でも主要な道でさえ舗装されていない国もある。

 今から2000年ほど前のローマ帝国の時代でさえ水道が通っていたのに、今でも水道がない国や地域もある。

 そして、今から2000年前のローマ帝国では寛容の精神で多神教が一般的だったのに、今では一神教が世界の国での多数派を占めている…

 これらの問の答え、もしくは解決の糸口を歴史の中から個人的に見出したいのかもしれません。

 優秀なガイド(著者)とともに、トラヤヌス帝時代のローマ帝国の24時間を疑似体験することができます。『古代ローマ人の24時間』は『ローマ人の物語』を読んだ人には間違いなくお勧めの一冊です。大カトーカルタゴとイチジクの話などの見覚えのある個所も出てきます。

 物語の舞台は、パクスロマーナ真っ只中、五賢帝のうちの一人トラヤヌス帝の時代、ローマ帝国の領土が最大を迎えた時期のローマです。本の文章を借りれば

端から端までの距離は一万キロにもおよび、地球の円周のほぼ四分の一に相当した。現在のスコットランドからイランの境界まで、南北はサハラ砂漠から北海までがローマ帝国の領土だったわけだ。 

紀元一一五年、トラヤヌス帝の治世下におけるローマのとある路地が本書の旅のスタート地点だ。当時のローマは、その勢力が最大の時期にあり、おそらくその美しさも頂点を極めていたものと思われる。そのような時期の、とある一日が間もなく幕を開けようとしている……。

ということです。

2000年前でも現代でも人類は同じような悩みを抱えたり、同じような考え方や、行動をして生きてきたのだと改めて思います。加齢に伴う頭髪の後退、落書き、美の追求…方法は今と変わっているものもあったりなかったりします。

古代ローマにもすでに、髪がふたたび生えてくるという効能書きの「魔法の」ローションが存在していたが、当然ながら効果はなかった。

性、愛、悪口、競争心……。ローマの壁に刻まれた落書きのテーマは、おおよそこのようなものだったことが、発掘調査によって明らかになっている。つまり約二〇〇〇年ものあいだ、まったく変わっていないということだ。

ここで、美顔パックや美肌クリームについて述べておく必要がある。どちらもローマ時代にたいへんな人気があり、オウィディウスやガレノス、大プリニウスといった多くの著述家たちも、これを奨励した。種類はさまざまだ。原材料といい効力といい、とりわけ皮膚に問題を抱える人のために考案されたものには驚嘆させられる。たとえば、顔にできた腫瘍には雌牛の胎盤が用いられる。顔面の染みには雄牛の胆汁、身体のほかの部分の染みにはレンズマメ、ニキビにはバター、やわらかく白い肌にするためには水仙の球根、傷口をふさぐためには重曹、美白にはメロンの根やクミンといった具合である。また、皮膚炎には子牛の生殖器のエキスがよいとされていた。

 ローマ帝国の時代から2000年の歳月が経っていますが、未だに人類はこれらの問題を解決することができていません。できれば頭髪の問題が解決した時代に生まれたかったです…そして、私のこの画面の文字化けのような何の意味もない文章も、いつか何かの役に立つでしょうか?頭髪の問題も含めて2000年後の人類に期待です。

 ローマ人の宗教観は日本人にもなじみの深い多神教です。キリスト教が普及してからのローマと、それ以前のローマでは思想ががらりと変わっています。一応この本では、まだキリスト教が普及していない頃のローマ帝国です。キリスト教を信仰していたら多様な神々というのはあり得ません。

古代ローマには、名前を憶えきれないほど多くの神々が存在している。

古代ローマの宗教のなかには、このイシスやセラピス〔古代エジプトの神〕のように、征服した領土から「輸入された」神々も存在し、神殿が築かれただけでなく、ローマ人のあいだにも神官や入信者になる者がいた。

もうひとつ、外来の神として重要なのはミトラ神である。ペルシアを起源とする神で、東方の地で戦ったローマ軍団の兵士たちによってローマにもたらされたものだ。ミトラ教でも雄牛が重要な役割を持つ。ミトラ神は雄牛を殺している姿で描かれることが多く、その時に流される雄牛の血が世界に精気をもたらすとされていた。ミトラ教の思想は古代ローマ社会に深く根づき、キリスト教の最大の「ライバル」となったほどだ。

ミトラ神とキリストには、いくつか興味深い共通点がある。両者はいずれも全世界的な友愛を説き、ともに一二月の二四日から二五日にかけて、岩屋で生まれたとされているのだ。さらに驚くべきことに、古代エジプトのホルス神や、ギリシアの神のディオニュソスも、一年のちょうどこの時期に生まれている。なぜこれほど多くの重要な神の生誕が、この時期に集中しているのだろうか。

それには天文学的な理由がある。一二月の二一日は冬至に当たり、一年で昼がいちばん短く、もっとも暗い日だ。この日を境に、日ごとに日の射す時間が長くなっていく。多くの宗教や文明社会において、神の生誕を太陽がもどる時期と一致させることは、たいへん象徴的な意義のあることだった。古代ローマでは、一二月二五日が太陽の生まれた日〔ディエス・ソリス〕とされていたのも偶然ではない。

 暦という部分でも現在の世界と古代ローマは関わりを持っています。

 興味深いことに、現在使われているすべての月の英語名は古代ローマのものがもとになっている。各月の意味を見ていこう。

一月(January)──ラテン語Ianuarius(イアヌアリウス)、ヤヌス神の月。

二月(February)──ラテン語Februarius(フェブルアリウス)、清め〔februare〕の月。

 三月(March)──ラテン語Martius(マルティウス)、マルスに捧げられた月。

四月(April)──ラテン語Aprilis(アプリリス)、アフロディーテエトルリア名Apruより)に捧げられた月。

五月(May)──ラテン語Maius(マイウス)、女神マイアに捧げられた月。マイアはメルクリウスの母であり、田畑の作物をはじめ、あらゆる生物の成長をつかさどる神だ。

六月(June)──ラテン語Iunius(イウニウス)、女神ユーノーに捧げられた月。

七月(July)──ラテン語Iulius(イウリウス)、カエサルを讃える月。 八月(August)──ラテン語Augustus(アウグストゥス)、初代のローマ皇帝アウグストゥスを讃える月。

 九月、一〇月、一一月、一二月の英語、September、October、November、Decemberは、ラテン語の綴りをそのまま用いている。これらは数字が語源となっており、神の名にちなんだものではない。紀元前一五三年まで、古代ローマの暦では三月が一年の始まりとされていた。したがって、九月、一〇月、一一月、一二月は、それぞれ一年の七番目〔septem〕、八番目〔octo〕、九番目〔novem〕、一〇番目〔decem〕の月に相当した。つまり、最後の四つの月は、数字の順番通りに呼ばれていたのだ。このような伝統が、現在にまで残っている。

7月はカエサルの月、8月は初代皇帝だったアウグストゥス、ではその次の9月は?アウグストゥスの次の皇帝はティベリウスアウグストゥスは自分の血を継ぐ後継者に後を託してティベリウスに後見でもさせたかったのかもしれませんが、帝位を継がせようと思っていた者たちに死なれて、仕方なくティベリウスに後を継がせました。結果、ティベリウスは見事に皇帝の役目を果たすことになります。私は皇帝になる前も、なってからも。島に引きこもって出てこなくなってしまうようなティベリウスが好きです。自分のやるべきことをしっかりとわかっていた皇帝でした。9月がティベリウスを讃える月ではないのが個人的には少しだけ残念です。もう一人好きな皇帝を挙げろと言われたら迷わずユリアヌスを選びます。

 現在でも月の名前はローマ由来ですが、西暦はイエスの生年が由来とされています。イエスが生まれてから500年以上も経って、時間を巻き戻して設定されたのが『西暦』です。今では世界中で使わざるを得ません。『西暦』というのは、ものすごい発明だと個人的には思います。

 ローマの食事に関しては、今のイタリア料理とは比べられないくらいに使われている食材が少ないです。『コロンブスの交換』前の時代なのでアメリカ大陸原産のトマト、ジャガイモ、トウモロコシなどがありません。そして、ナスもパスタもまだ普及していません。これらの食材がないイタリア料理を想像することはちょっと難しいです。そして食材のかすは床の上に投げ捨てていたそうです。皿に集めた方が効率的に片付けられると思いますが、奴隷に仕事でも与えていたのでしょうか?疑問が残ります。

 またフォークが発明される以前の時代だったために手づかみで多くの物を食べていました。フォークなんてすぐにでも発明できそうですが…なんでも手に入るような現代でも、後世から見たら「何で単純なあれを発明しなかったんだ」と言われる日が来るかもしれません。

 最後に、もしも古代のローマをタイムトラベルすることがあったら、頭上に注意した方が良いです。ローマの建築物(マンション)の高さの上限は21mでした。その高さから異物が落ちてくる可能性があるからです。昔見た古いイタリア映画では新年を迎えるとお皿か何かを窓からポイポイ投げていましたが、もっと恐ろしいものが降ってくる可能性があります。

ローマには建物から尿や糞便を捨てることを取り締まる特別な法律があり、とても厳しい内容だった。刑罰は、上から投げた「爆弾」がどのような被害をもたらしたかによって異なる。単に衣服を汚しただけなのか、身体に何か被害があったのか(間接的なものを含めて)……。要するに、帝政下のローマでは、どこにいても尿や糞便が上から降ってくる危険がつきまとい、誰もがその被害に遭う可能性があるということだ。

古代ローマ人の24時間 ---よみがえる帝都ローマの民衆生活 (河出文庫)

古代ローマ人の24時間 ---よみがえる帝都ローマの民衆生活 (河出文庫)