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ふしぎの国のバードと日本奥地紀行

今 この国でひとつの文明が滅びようとしている

あらゆる考え方

あらゆる生活

あらゆる文化が姿を消すだろ

‘’江戸’’という呼び名と共に

滅びは誰にも止められない

しかし

記録に残すことはできる

困難なことだが誰かがやらねばならない

  『ふしぎの国のバード』は1878年(明治11年)に英国の冒険家イザベラ・バードが日本を旅した記録『日本奥地紀行』(1880年)のマンガです。一巻の途中に上記の言葉が出てきますが、この困難なことをやってくれたのがイザベラ・バードです。西洋人が足を踏み入れたことのない街を踏破して蝦夷の道央まで行きアイヌとも会っています。いやアイヌの人々と会うことも大きな目的でした。(当時の欧米では日本のすぐ近くに未開の人たちが暮らしているということに興味がありました)これはまだ、鉄道が横浜―東京間、神戸―京都―大津間にしかなく、『車』が人力車を意味して、『日曜日』が休日ではなく、国中が脚気に悩まされていて、蚤が蔓延して、蚊によるマラリヤに悩まされ、陸上より船旅の方が早く快適に移動できた時代の日本の話です。

今のところ

一巻は横浜、江戸、粕壁(春日部)、日光

二巻は日光、二荒山温泉、会津

三巻は会津道、津川、阿賀野川、新潟です

 原作の『日本奥地紀行』は妹に宛てた手紙約60通を中心に成り立っていますが、漫画の三巻が終わった時点で約22通目の手紙のところくらいです。まだまだ楽しませてくれそうです。ネット上では原作を読まずに『朝鮮紀行』と『日本奥地紀行』の都合のいい箇所を抜粋して朝鮮だけを貶めて、日本だけを持ち上げる人も中にはいるみたいですが…この漫画は原作を忠実に描いています。良くも悪くも『正直』なバードは日本の悪い面もあぶりだしてくれています。原典に忠実なこの漫画では、日本における、蚤、蚊(マラリヤ)、皮膚病、宗教、自殺、都会と田舎の格差を容赦なく描いています。

 漫画との比較の参考までにですが『日本奥地紀行』から日本に対するバードの印象を引用します。

日本人は洋服を着るとえらく小柄に見えます。どの洋服も不似合いで、病弱な体型と国民全体の欠陥であるへこんだO脚が誇張されます。「顔の血色」と髭がないので、男の人の年齢を推し量るのはほとんど不可能です。わたしは鉄道員は全員が十七、八歳の若者だと思っていましたが、実は二十五歳から四十歳のおとななのでした。

 

五〇歳くらいに見える宿のあるじの妻においくつですかと(日本では礼儀にかなった質問)尋ねると、二二歳だという答えが返ってきました。このように驚かされたことは他にいくつもあります。この宿の息子は五歳ですが、いまだに乳離れしていません。

 

女性、特に娘たちはしとやかでやさしくて感じがいいのですが、美貌に関しては、これならまずまずという程度の顔にさえ出会いませんでした。鼻はぺったんこで唇は厚く、目は斜めに吊り上がったモンゴル人種のタイプです。それに眉を剃り落とし歯を黒く染める(ただし東京では以前ほど一般的ではありません)一般的な風習が一目でわかる生気のなさとあいまって、ほとんどどの顔もうつろでぼんやりして見えます。

 

男性も同じようなものです。ふつう身長は五フィートから五フィート五インチ(約一五三-一六五センチ)ありますが、体つきは貧弱で、筋肉がなくて痩せている点は大体殿どの男性にも共通しています。わたしの受けた印象はこれまで会ったなかで最も醜くて最も感じのいい人々だ、それにもっとも手際がよくて器用だというものです。

 

栃木は粕壁よりもさらにひどい街でした。私は日本国内の旅行をいっさいやめてしまおうかと思いました。昨夜事態が大きく好転していなければ、きっと不真面目にも東京に帰っていたでしょう。But from Kasukabe to Tochigi was from bad to worse. I nearly abandoned Japanese travelling altogether, and, if last night had not been a great improvement, I think I should have gone ignominiously back to Tokiyo.

 栃木に関してあまりにもひどい誤訳かと思いましたが英文を読むとそうではないようです。バードの街に関して抱く感想は、些細なことによって左右されているのでバードに悪く描かれている街でも気にしない方が良いです。旅の途中で『土地受けた印象はその時の気候に左右されている』と手紙に書いているくらいです。バイクか自転車か徒歩で日本一周したことがある人にはよくわかる気持ちだと思います(特に自転車と徒歩)。

  

わたしの不安は、ひとり旅の女性にとってはまったく当たり前のものではあっても、実際はなんら正当な理由のあるものではなかった。その後わたしは本州奥地と蝦夷の一二〇〇マイル[約一九二〇キロ]を危険な目に遭うこともなくまったく安全に旅した。日本ほど女性がひとりで旅しても危険や無礼な行為とまったく無縁でいられる国はないと思う。

  これは日本を旅をした後の感想です。宮本常一が指摘していましたが、19世紀当時のイギリスでも女性の一人歩きは危険だと見なされていたようです。何度も何度も手紙の中で日本は安全だったと書いています。ただ、江戸を離れて北海道に行くまで、泊まるたびに地域の人に障子越しに寝室を見られてプライバシーが守られていないのは慣れるまで辛かったようです。

貧しく見えるのは、この人々がまだ身近もなものとはなってはいない快適な設備や環境に対して無関心であるからかもしれません。汚れは防げますし、子供たちに皮膚病が流行っている原因をつきとめるのはむずかしいことではありません。これまで旅したほぼ全域で清潔さが欠如していることは疑いなく、これに私は驚いています。

 

この逸材の卵は推薦状を焼いてしまったからだと弁解しました。マリーズ氏に今すぐ問い合わせられるわけでもなく、それ以上に、私はこの男が信用できず気に入りませんでした。とはいえ、彼にはわたしの英語がわかり、わたしには彼の英語がわかります。それに早く旅に出たくてたまらなかったわたしは、月十二ドルで彼を雇うことにしました。その後すぐに彼は契約書をもってもう一度やってきました。契約書には合意した賃金で忠実に使えることを神明にかけて誓うと明記してあり、彼は捺印を、私は署名をしました。翌日彼から一か月分の賃金を前払いしてほしいと頼まれて支払いましたが、ヘプバーン博士が私を慰めるようにおっしゃるには、あの男はもう来ないだろうね!

 契約書を交わした厳粛な夜以来わたしは気をもんでいましたが、昨日彼が約束の時刻にちゃんと現れたので、まるで本物の「海の老人」[『千夜一夜物語』「船乗りシンドバードの物語」に出てくる妖怪]が自分の方にしがみついたような気がしました。

 ここは漫画と原作では違います。どっちがいいかはわかりません。伊藤が甘いもの好きなのはその通りです。ただ一巻の山場である、バードが人力車を引く人に対して感動したのは事実です。原作の中で繰り返し繰り返し、車夫への感謝を述べています。他に原作の中で繰り返し述べていることは、蚤やダニや蚊に悩まされていること、馬のサイズや気性に関する不満、西洋人の女性が一人旅をしても全く心配がないという治安の良さ、そしてキリスト教の布教状況です。

 現代の日本人が考える以上に、明治時代でも欧米のキリスト教の影響は強いです。キリスト教を信仰していない地域があれば『まだ本当の神様を知らない哀れな人たちなのでキリスト教を教えてあげよう』という考えで世界中に布教していました。もちろん当初日本に来た宣教師たちもそうです。そしてキリスト教徒のバードも『日本人はキリスト教を知らなくてかわいそう。それなのに日本はキリスト教徒が発明した科学技術や知識だけ使って帝国主義になろうとしていないかしら?でもキリスト教が日本で広まったら日本の文化はなくなってしまうかもしれないわ。それでも日本がキリスト教を信仰したら東アジアで最も立派な国になるでしょうね』という考え方の人です。行く先々での布教の状況を逐一手紙に記しています。マンガに描かれているだけのかわいい淑女ではない訳です。植物学、地質学の知識や旅の経験も豊富で、旅に出れば誰でも、外国に行くだけでは誰でもバードのようになれる訳ではないことを痛感します。明治の初めにバードのような人物が日本に来てくれていたことを本当にありがたく思います。

 余談ですが新潟にて『ヌーハラ』についての文章もあります。ちなみに私は音は必要最小限で、出されたものは残さずにすべて食べます。

It is proper to show appreciation of a repast by noisy gulpings, and much gurgling and drawing in of the breath.Etiquette rigidly prescribes these performances, which are most distressing to a European, and my guest nearly upset my gravity by them

ごちそうだということを示すために、ぺちゃぺちゃ、ごくごくと音をたてて食べたり飲んだり派手に息を吸ったりするのは正しいことです。作法では厳然とそう定められており、これは西洋人にとってはとても困ったことで、わたしはこのお客さまの食べ方にもう少しで笑い出してしまうところでした。

  

 完訳の原作とともに、一冊丸ごと民族学者の宮本常一による解説の本も出ています。 

 一般人が気づきもしないようなことを常一は逐一拾って解説してくれています。

品川に着くまで江戸はほとんど見えません。というのもあがっている煙もなければ高い煙突もまったくなく、寺院や役所も高くそびえてはいないのです。寺院はたいがい森に隠れているし、ふつう家屋の高さは二〇フィート[約六・一メートル]を超えることがめったにありません。

という文章から。

東京へ近づいて行っても、全然東京が見えなかった。しかしそこに世界で一番大きな都市があったのです。明治のはじめにはすでに東京の人口は一〇〇万人いたわけでロンドンの三倍以上の大きな町があったのに着くまではわからなかった。つまり工業がなかったということです。

 このように一冊丸ごと解説してくれているなんてありがたい話です。原作を読むなら間違いなく読んだ方が良いです。

 

 何事も原作に忠実ですが、バードの若い容姿だけはマンガ向けのものです…イザベラバードは1831年生まれ。日本に来ているのは1878年です。漫画では色んなものに恥じらうお茶目な英国淑女ですが実際はパワフルで冷静な帝国主義者の目を持った何事も言いたい放題のキリスト教のおばちゃんです。Amazonでは漫画も大絶賛の様ですがそれも分かります。元々の原作が抜群に面白いですから。

 

ふしぎの国のバード 1巻 (ビームコミックス)

ふしぎの国のバード 1巻 (ビームコミックス)

 

 かわいらしいバードさんです。 

イザベラ・バードの日本紀行 (上) (講談社学術文庫 1871)

イザベラ・バードの日本紀行 (上) (講談社学術文庫 1871)

 

 これは『日本奥地紀行』の完訳版です。江戸から蝦夷へ行き、その後、京都で新島夫妻と会ったり伊勢神宮まで行った記載もあります。マンガがどこまで描かれるかはわかりませんが…全部面白いです。

 江戸から蝦夷までの解説です。