ねじまき士クロニクル

日向の窓にあこがれて

『この世界の片隅に』なった呉の失敗 そごう跡地

この世界の片隅に』は漫画を忠実に再現したいい映画でした。戦争前のクリスマスの風景、戦時中の呉の遊郭終戦直後の太極旗…細かいところまでその時代の雰囲気を見せてくれていました。能年玲奈広島弁はかわいらしくていいですね。

 その映画の舞台である呉市の失敗、そごうの跡地についてです。映画を見て広島に来る方には申し訳ないですが、今の呉には往時の影はありません。鉄のくじら館、大和ミュージアムなどの施設をはじめ『歴史の見える丘』など海軍時代の遺構が見られるところはありますが、代表的な産業の造船業は苦しい状況です。巨大なクレーンやドックが見られるのは面白いですが、本来は観光施設ではありません。

 今の呉市を象徴するものとして『呉そごう跡地』が挙げられます。跡地とはいってもそごうが撤退しただけでビルとしては残っています。呉駅の大和ミュージアムの反対側にある呉そごうは2013年1月に閉店したまま、何も入らずそのままです。昔は呉そごう側が駅の表側でした。それが今では海側に人が流れています。駅前の一等地が4年間も放置されている状態です。もう間もなく5年目になりそうです。

 そごうが呉から撤退するのとほぼ同じ時期に、呉市役所の庁舎建て替えの問題がありました。市民や市議の中には、この呉駅と直結した呉そごうの建物を改装、もしくは建て直して市役所にすればいいという声も出ていました。そごうはJR呉駅の目の前にあるので、呉の中心部以外から電車やバスで出てくる人には利便性がとてもいい場所にあります。広島市は川の街ですが、呉市は山の街です。広島市は川によって区が分けられていますが、それに比べて呉市は、トンネルを越えるごとに地区が変わります。大きな平野部がないので連続した市街地を持つことができずトンネルによって平野部にある各地区を繋いでいるという状況です。これはJR呉線に乗ってみればわかります。一例ですが呉地区と広地区の間には2㎞弱ある休山トンネルがあります。さらに呉市は山だけではなく、数多くの島もあります。そういった地理的な状況で呉駅は呉市の中で最も利便性がいい場所です。車を運転できない各地区の交通弱者に配慮したり、公共交通機関を重視するならば市役所は呉駅直結の呉そごう跡地が最適な場所でした。

 しかし、結局は130億円ほどかけて元の場所(呉駅徒歩約15分)に建て替えています。特例の国債で、早く建設すれば呉市の負担が少ないと庁舎を建てましたが、国債も税金です。全国津々浦々の市役所の建設費用には詳しくありませんが、呉市の130億というのは単位面積当たりだと割と高額な料金らしいです。なお閉店前の呉そごうの売り上げは89億円です。

 呉の中心部以外の支所に関してですが、呉市の中で2番目に大きな地区である広地区では駅の目の前の利便性がいい場所に支所があります。広地区は2002年に病院と支所の目の前に新駅ができて利便性がさらによくなりました。呉と広に挟まれた阿賀地区も駅の目の前に支所があります。他にも調べたところJR呉線が走っている地区のほとんどは駅の近くに支所があります。電車が先か、役場が先かはわかりませんが各地区とも利便性に関しては文句ない立地に立っています。

 

 このまま順調になにもしなければ、『そごう跡地』は呉の衰退の象徴になりそうです。市役所の建て替えと呉のそごう跡地について、市議会議員が2012年に書いているメルマガですが、分かりやすくまとめてくれています。

呉市 市議会議員 谷本誠一氏の平成24年6月6日のメールマガジンより

 

谷本誠一メールマガジン

(1)新庁舎建設の方向性

市役所庁舎を何故建て替えるのか?-平成25年2月と5月に2度に亘る応札業者辞退による入札不調を受け、市民間で動揺が広がっています。確かに、当初有利な借金である合併特例債の活用期限が近隣市町との合併後10年を経た平成26年度末までだったこともあって、市民への説明不足は否めません。その後その期限が法改正によって5年間延長されたことで、益々その声が高まって来たのは事実でしょう。先ず、平成7年の阪神大震災を受けて、平成10年度末に市庁舎整備検討懇話会が「震度6程度の地震でせん断破壊の恐れがあるため、建て替えるべき」と提言しました。その後平成23年の東日本大震災を目の当たりにするにつけ、市民の生命と財産を守る司令塔としての防災拠点を確保する目的が根底にあることをご理解頂きたいと思います。尚、合併特例債は総事業費150億円の内、市民の血税投入は60億円で済み、残りは元利償還分を国が10年間の交付税で措置します。活用期限が5年間延長された訳ですが、請負契約を25年9月末までに行うことで、消費税率が8%に上がったとしても、支払いは5%で済ませることができることが早期建設着手の理由の一つになっています。これは、私が4月12日に招集された臨時会で、再入札に係る補正予算での賛成討論で指摘したところです。因みに、業者が資材購入等で8%の消費税を支払ったとしても、差額の3%分が還付される特例措置が採られます。 

 

新庁舎そごう活用の可否

 次に、そごう呉店だった建物を活用すれば経費を大幅に削減できるのではないか?-とのご指摘にお答え致します。先ず、建物の地上権の内80%を㈱そごう・西武が所有、15%を呉市が所有、5%を民間が所有しています。それを仮に呉市が全て購入したとして、そごう撤退による地域経済のマイナスを取り戻すことはできません。雇用は確保できず、商取り引きも回復せず、固定資産税や法人市民税も入って来なくなります。呉市としては、駅前の一等地は、商業ゾーンとして捉えていまして、そこに役所を移転することは毛頭考えておりません。もし駅前に市庁舎を移転するとなると、中央地区商店街に役所職員が昼休みに飲食に来なくなり、大打撃を受けるでしょう。一方、震災に備えるべく、新庁舎には免震装置を埋め込みますが、既存建物にそれを設置することは現代の建築技術で可能ではあっても、多大なコストアップになります。更に建物内を大規模改修する必要があり、効率よく実態に即して仕切り直すことは、困難です。しかも建て替えの設計費として既に支出済みである2億3千万円が無駄金となります。更に自前の駐車場を新たに整備する必要があり、近隣地にまとまった土地がないことから、行政サービスの低下を招くのは必定です。もし適地があったとしても、その購入費や造成費を考えると、かなり効率が悪いと言わざるを得ません。尚、㈱そごう・西武には、大型店舗数社から既に引き合いが来ており、現在交渉中であると窺っています。呉市としては、民活での大規模商業施設誘致に期待をしているところです。以上、何卒ご理解を賜りますよう衷心よりお願い申し上げます。

 

 『呉には若い人は海兵さんか看護婦さんしかいない』と呉の知り合いの看護婦さんが言っていました。おそらくそれは事実です。呉市島嶼部を合併した結果、高齢化率がものすごく高く全国でもトップクラスです、国立病院(すずの義理のお父さんが入院していました)や総合病院も多数あり看護師の需要がとても高いのでしょう。そして、近隣には自衛隊海上保安庁も海上保安大学、海上自衛隊第一術科学校もあります。呉の街に行けば制服姿の水兵さんがうろうろしているところを見ることができます。それでは他の若い人はどこに行っているのでしょうか?

 呉にはIHIや日新などの昔からの企業はありますが…多くの若い人は職を求めて広島かもしくは県外に出ます。買い物も広島に出ています。映画館もかろうじて1館が営業しているだけです。呉の商店街の中にある小さな映画館よりも、若者の多くは広島の映画館に行きます。『この世界の片隅に』も呉が舞台なのに呉で見られないという可能性すらありました。呉で唯一の映画館は一日のお客さんの数が一桁の日もあったそうです。これが今の呉市の現実です。一時的には注目されるかも知れませんが…たぶんこれからも呉市民のほとんどは便利なソレイユや広島市内の映画館に行きます。

 色んな意見があって当然だと思いますが、個人的には呉市の失敗は市役所を移転した移転しなかったではなく、駅前の一等地を長年に渡り空き家にしてしまっていることだと考えます。例えば、広島駅の駅ビルが4年間も空き家だったら、広島市民から大バッシングを受けることは間違いないです。そもそも長期化するということが考えられません。呉市役所を建て替えたのであれば、賛否に関わらずそれは活用するしかないです。呉市の職員や議員の方にも、商店街に大打撃を与えないように昼休みに出かけて昼食を取ってもらうしかありません。それでも、今の呉市のそごう跡地に入ってくれる商業施設があるのかどうかは未知数です。そごうですら撤退したのにリスクを冒して呉市に投資してくれる企業があるとは思えません。そして今は呉駅の反対側、大和ミュージアム側には、ゆめタウン呉があり繁盛しています。商店街は呉市職員が支えてくれるとして、今の呉市には駅の表と裏、両方の商業施設を誘致や維持できるだけの魅力や財力があるのか疑問です。繰り返して言いますが、呉市は全国でもトップクラスの人口の減少率と高齢化です。そして呉市から一時間ほどの距離に広島があるので、呉市民ですら買い物なら広島に行くかという意識になっているのではないでしょうか。一時はゆめタウンがそごう跡地を取得するのではないかという話がありましたが、いつの間にか流れてしまった様です。なお、ゆめタウンは2015年に廿日市には新店を開店させていて井口にあるアルパークから客を奪っている様です。儲けそうな所に株式会社は出店します。

 呉市は平野部がなく人口の高齢化にも直面し、誰がなんと言おうと衰退中の都市です。一方、広島市は平野部が少ないですが他の大都市から距離があるために人口や産業が流出しにくく、近隣の他の地域から集まりやすくなっている都市です。呉市の北東にある広島県で4番目の人口の東広島市は平野部も多く、大学も若者も多く、山陽道も通り、近いうちに呉市の人口を抜かすことは間違いありません。呉市は様々な事情を考えて手を打たないと少子高齢化、産業の空洞化で時間が進むとともに衰退が加速するだけです。これを時代の流れというのはあまりにも寂しいことですが…

『まぁ近くに広島があるからいいか』職員や議員の方はもしかしたら薄々そう考えているのかもしれません。

 2015年4月26日の選挙がありましたが、定数32の市議会議員の選挙で35人立候補して3人が落選、そのうちの2人は新人の方です。年齢は47歳と28歳。職業は塾講師と介護関係。おそらく、後ろ盾がない状態で呉市を変えたいと立候補したのだろうと推測します。出馬することがどれだけ勇気がある決断だったのか、私には想像もできません。他に新人も当選していますが、公明党共産党、そして地元の会社の有力者などです。これが呉市です。

 今日の中国新聞の片隅にそごう跡地について、民間の事業者がそごう跡地を建て替える際は行政が補助を出すという報道がありました。何を今さらとしか思えませんでした。

 

 映画を見て呉を観光する方にはぜひ『呉そごう跡地』や呉と広を結ぶ『呉越峠』『休山トンネル』『音戸の瀬戸』『国道31号線』などにも行ってほしいです。もしくは地図を眺めて考えてほしいです。なぜ呉が軍港で栄えたか…呉ではなく、なぜ広島に原爆が落とされたか…軍港で栄えた呉がなぜ衰退中なのか…映画では描かれていないことや、呉のその後がわかると思います。

 

 

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これは江田島海軍兵学校ですが広島と呉と切り離して考えることはできません。

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呉の先っちょの音戸です。ここが陸続きだったら歴史が変わっていたと思います。