ねじまき士クロニクル

いちごの味に似ている

日本の面影 東洋の第一日目 小泉八雲

開港都市のように、本来の道徳律が外国人によってはなはだしく犯されている地を除けば、この言葉は、今でも日本人に当てはまるといえる。日本がキリスト教に改宗するなら、道徳やそのほかの面で得るものは何もないが、失うものは多いといわねばならない。これは、公平に日本を観察してきた多くの見識者の声であるが、私もそう信じて疑わない。 

      一八九四年五月   日本   九州   熊本にて

                      ラフカディオ・ハーン

 

 この言葉とは「美徳の実践、汚れなき生活、信仰の儀礼において、日本人はキリスト教徒をはるかに凌いでいる」という外国人の先達の言葉です。

 

 

「日本の第一印象は、できるだけ早く書き残しておきなさい」。来日後まもなくお会いすることのできたある親切な英国人の教授は、私にこう助言してくれた。「第一印象というのは、しだいに消えてゆくものです。そしていったん薄れてしまうと、もう二度と戻ってきません。この国で、どんな不思議な感動をこれから受けようとも、初めての印象ほど、心が動かされることはないでしょう」

 私は今、当時あわただしく書き留めたものを元にまとめようとしているが、なるほどそれらは、ずっと心に残る魅力というより、本当に一時的なものであったと痛感している。忘却の彼方に消えてしまい、どうしても思い出せないことがあるのだ。

 

 『怪談』でおなじみの小泉八雲の随筆のような紀行文のような日本文化論です。開国して外国の文化や価値観を取り入れようとする日本と、まだ地方には伝統的な価値観の残っていた日本。八雲が考える美しいものの衰退と醜いものの台頭が交じり合っていた時代の日本の話です。

 八雲は開港都市は西洋の文明に汚されているから嫌いだと言っておきながら、東洋に来た一日目、人力車で横浜を巡り楽しんでいます。寺へ行き、神社へ行き、日本的なものすべてに感動しています。買いたくなるから見たくないというほど、箸、爪楊枝、手ぬぐい、組紐、何から何まで称賛してくれています。果ては日本全体を買ってしまいたいといっているほどの熱烈な日本好きです。このような八雲に関して、日本という国と「恋」していたと訳者は書いています。

 八雲はひらがなや漢字の看板を見るだけでも喜び、英語を見るだけでそれを憎む程の日本びいきです。西洋の読者に向けて「日本の風景から英語と魔法の文字(日本語)を入れ替えたらどうなるだろうか」と問いかけています。八雲の答えは「多少の審美眼を持ち合わせている人間ならそんな考えにぞっとするはず」と述べています。明治の時期から英語国有化、公用化に関しては動きがあったようですが、八雲はもちろんその考えには反対だったようです。しかし、それから100年以上がたち、今はもう日本人が進んで「国語である日本語」を捨てているような状況です。八雲が夢見ていた日本はもう失われていて、八雲が憧れていた日本人は絶滅危惧種と言ってもいいかもしれません。植民地にされて言語を押し付けられてしまった国々とは違い、日本語だけ話せれば日本で不自由なく暮らせるというのは日本の国の力を表していると思います。しかしながら、カタカナ言葉の氾濫、街中の英語の看板、会社での英語公用化、いつかは英語の国語化?…英語が重要なのは否定しませんが、日本で日本語が話せるというのはとても幸せなことだと個人的には思います。私の考えは世間からずれていることは確実です。

 もちろん漢字は表意文字なので言葉がわからなくても推測が可能ですが、アルファベットには意味はありません。「公約」「遺産」「多様性」「マニュフェスト」「レガシー」「ダイバーシティ」政治家が先か、メディアが先か、世間が先かはわかりませんが、政治家が使っている言葉にも世相が反映されているのかもしれませんね。まぁ漢字も隣の国からのもらい物ですけども。

 また、八雲は日本の宗教に関しても興味を持ってくれています。仏教徒でもなくキリスト教徒でもないと言っていた八雲が寺でお供えをした後「どうしてお供えをしたのか?」と聞かれて「仏教の教えの美しさと、それに従う人々の信仰を崇拝しています」と答えています。それなのに仏教に関しては「元々が外来のものだから衰退するのではないか」とも語っています。寺や神社や城以外に古いものがあまりない現状では保護されそうですが…文字や映像の中でしか昔の時代のことがわからないとなったら悲しいと思いませんか?

 

日本人の生活の類まれなる魅力は、世界のほかの国では見られないものであり、また日本の西洋化された知識階級の中に見つけられるものでもない。どこの国でもそうであるように、その国の美徳を代表している庶民の中にこそ、その魅力は存在するのである。その魅力は、喜ばしい昔ながらの慣習、絵のようなあでやかな着物、仏壇や神棚、さらには美しく心温まる先祖崇拝を今なお守っている大衆の中にこそ、見出すことができる。もし外国人の観察者が、運よくその生活の中に入ることができ、共感できる心を持っていたなら、それこそ、それは飽きることのない生活であり、そしていつしか、傲慢な西洋文明の進歩がこのような方向性でいいものか、疑わずにはいられなくなるであろう。

 

 

 『東洋の第一日目』の章に限らず、この本に書かれている日本はすでに失われて西洋式にとって変わられています。悲しいですが、私もこの作品が書かれた当時のことを考え、感傷にふけってしまう『体は日本人、頭脳は西洋人』の一人です。果たして八雲が見た当時の日本を見ても同じように感じることができるのかどうか怪しいです。そして私が外国に行ったときに八雲の『東洋の第一日目』のように異国のことを感じられるかどうかも悲しいですが怪しいです。もしかしたら日本(西洋)の価値観を上から目線で教えに来た、文化を侵略する悪い人になってしまうかもしれません。

 

 

 

 

 

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 最後に、作中の他の章に出てくる、八重垣神社の良縁を占う水占いです。ひっそりとした場所にありますが、スサノオノミコトヤマタノオロチの伝説に由来する神社です。八重垣神社という名前もスサノオノミコトの和歌に由来があるようです。

 

  八雲たつ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を

 やくもたつ いずもやへがき つまごみに やへがきつくる そのやへがきを

(雲が湧く出雲の地に 妻をこもらせに 幾重にも垣を作る その八重もの垣よ)

 

 地名の出雲もスサノオノミコトのこの和歌から取られたらしいです。

 小泉八雲帰化する前の名前はラフカディオ・ハーンです。ハーン、ハウン、八雲…

 ハーンが八雲(やくも)となって小泉八雲という名前になったとか?