ねじまき士クロニクル

いちごの味に似ている

菊の節句の約束の話

 春になると青々とした若葉を茂らせる柳も、家の庭に植えてはならない。それと同じように、交際は軽薄な人と結んではならない。なぜかといえば柳はすぐ茂って青々となるけれども、初秋をつげる風がひとふきすると、それにたえられずにたちまち散ってしまうからである。

 また軽薄な人はまじわりやすいが、同時にまじわりが絶えて離れてしまうのもはやい。それでもまだ柳の方は春がくるたびに葉を新緑に染めてみせるが、軽薄の人はいったんまじわりが絶えたならば、二度とふたたび訪ねてくるなどということはないのである。

 

 

 奇数の月と日が重なる日は特別な日です。

 1月1日はお正月。

 3月3日は桃の節句

 5月5日は菖蒲の節句

 7月7日は七夕。

 

 そして9月9日は菊の節句です。

 江戸時代の作家、上田秋成の『雨月物語』の中に「菊花の約」という話があります。村上春樹の『海辺のカフカ』でも引用されている話になります。

 旅先(兵庫県加古川)で病に倒れた武士とそれを看病した学者が、義兄弟の契りを交わしました。主君の弔いをするための旅の途中であった兄は出雲へ出発する別れの際に、菊の節句に弟の家で再会することを誓いました。

 しかし、兄は出雲で監禁され菊の節句に弟と会うことは叶いそうにありません。約束を破ったら信義に反すると考えた兄は、どうにかならないかと思案しましたが抜け出す方法がありません。そのとき「人は一日に千里を行くことはできないが、魂は千里を行くことができる」という古い言葉を思い出して、自刃して魂となり、菊花の約束を果たしに弟に合いに行くという話です。

 

 昔々で始まるような古い物語の中にですが、日本人(武士)の中の命よりも信義や約束を重んじていた風潮が書かれています。

 現代では嘘を吐いたり、約束を破ったりする人はたくさんいると思いますが、べらぼうにひどい嘘をついても魂になる人はあまりいないと思います。何百年か前と比べて今は、約束や信用や誓いといった言葉の重みが軽くなったということなのでしょうか。それとも単純に時代、文化、慣習の変化だけなのでしょうか。

 約束に関して外国人に日本人の性質を説明したり、約束を簡単に破る人にはこの「菊花の約」の話をしてみましょう。

 

 

 雨月物語は全体を通じて、古典の換骨奪胎の話ですが、江戸時代の上田秋成の意識を通した物語として紹介させてもらいました。「菊花の約」は単純に話としても面白いですが、義兄弟の関係性、本当に軽薄の人は誰なのかなど、読み方はいろいろあります。

         原文、現代語訳は角川ソフィア文庫雨月物語を参考にしました。